うつわ屋のつぶやき

うつわ好きの甘庵が、やきもの・吹きガラス・漆器などの、四季折々の身近な和食器を使う楽しさをお伝えします。荻窪銀花で催される企画展の器をご紹介し、使い方から、作り方、作り手のことなど、毎日お伝えします。

タイムカプセル在庫金曜から我が荻窪銀花では、

金曜から我が荻窪銀花では、
夏に開店した記念から開催している、
感謝祭という、いわばバーゲンを開催中です。

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とはいえ、バーゲンする物がなかなか難しいので、
感謝祭の名の通りで、
基本的には価格で感謝の気持ちをお返ししています。

それにお祭りなので、
ちょっと掘り出し物がないとねー。
そこで、荻窪以外の他府県のお店に委託でお預けしているものを、
ローテーションかねて、集めて点検&虫干し?
ともかく並べてみてみると、
なつかしく感じてしまう10年ぐらい前の作品や、
もう廃盤の作品など・・・。
タイムカプセル在庫。
結構ぼくが楽しんでいます。
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それでも、もう作れないものや、
忘れていたのだから・・・と、
思い切りの大奉仕!!

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って、いつもよりは、ぐーんとお得な価格なのですが・・・。
でも、欲しいとか、使いたいとか思わないと、
ティッシュの買い置きではないので、
お求めにはならないですねー。
仕方ない。

それでも、欲しかった物がお手頃価格で、
ぴたっと出会ったお客さまを見ていると、
ぼくまでハッピーに。
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さてさて、まだ開けてない箱があります。
明日もまたタイムカプセルを開ける気分で、
梱包を解くのが楽しみです。

           閑庵

暮らしのクールビズ

暑いですね。
湿度がある日本の夏が過酷なのには、
定評がありますよね。

この過酷さを少しでも和らげようと、
様々な工夫がなされてきました。
物理的に理にかなったことや、
気合いや、気持ちや、イメージに依存することまで。
先人たちの、酷暑を前向きにとらえての対応には、
感心しますねー。

”打ち水” 
先日東京で、大々的計画されましたが、
これは、気化熱で気温が下がるために、
なかなか効果があるそうです。
目にも涼しいですよ。

”よしず”
西日など、日が傾くと家の中まで日差しが入ってきたり、
建物の外壁が暖まると、
夜になって気温が下がっても、
建物の輻射熱で暑い夜になりすが、
西側などによしずを立てて、
直射日光を遮ると、ずいぶん違います。
エアコンの室外機を直射日光から守ると、
熱交換率が良くなります。
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”風通し”
細工のある建具や、窓の配置などで、
通風の流れを閉ざさない工夫が、
個室で仕切る現代の間取りと違い、
家中の空気が流れていることで、
外気が入り内気が出て行き、
夜の外気温度を上手くとりいれていたのは、
クーラーに頼れないからですね。

と、物理的にも納得のいく、
気温を下げる工夫があったと思います。
暮らしのクールビスですね。
理屈的は、気温は下げませんが、
心のクールビズもいろいろありました。

たとえば“うつわ”選びなどので、
水や氷をイメージ出来るガラスの器に、夏季の季節感をあてはめて、
見ためや、材質感から、涼を呼び込もうとする。
知恵なのでしょね。

ガラス以外でも、お約束の夏の器がありますよ。
焼きしめの器に水を打ったり、水につけて、
清涼感をイメージさせたり、
同じように黒い漆器に露をうったり。
清涼感のある青磁、青白磁(せいはくじ)、染付け(そめつけ)。
といった、磁器を効果的に使ったり。
  
形も口が広く浅いものが、深いものより夏向きでしょう。
そんな鉢に、水をはり一枝の緑を添えるだけでも、
涼しさは演出できます。

木地のままの器も水になじみ、
清涼感をイメージしやすですね。
ヒノキやさわらの桶や曲げわっぱ。
青竹、竹篭などの籠類。
麻織物、藍染めの布。

絵柄にも夏の季節感を盛り込むことで、
直接的な涼しさをイメージするわけではないのですが、
夏を楽しみ、めでることで、取り込む、
暑気ばらいの心意気かもしれませんね。
昔からの図柄なら、水にかかわるもの・・・。
でもいまどき水車っていてもんねー。
見たことないもので、涼感をイメージできませんよね。
ごく普通に自分でイメージできる図柄なら、何でもいいんですよ。
水玉でも沢ガニでもヨットでもね。
簡単なのは季節の花。これは好きなもので良いですものね。

”しつらえ”でも工夫が出来ます。
レイアウトも盛り付けも、少しゆったり。
テーブルの上の器の数を減らして、軽やかなコーディネイトを、
心がけましょう。
盛り付けは大きめ器に、ゆったりと中高に盛り付けましょう。
(なかだか:うつわの中央に盛り上げるように盛ること)
器のふちや隙間を空間を楽しむように、
ゆったりと盛り付けてみてください。

うん、出来れば周りの調度品もゆったりと。。。。
これ、なかなか難しいのか現状ですが、
それぞれの状況に合わせるにしても、心がけたいことです。

さてさて、夏が本格的になってきました。
暮らしのなかでのクールビズ見直してみましょう。

           閑庵

昨日13年目にしてはじめて、お客さまのTさんにお目にかかりました。

Tさんとのご縁は加藤財さんのポットからです。
ある雑誌の1ページに紹介された記事をご覧になって、
遠方からだったのに、お問い合わせいただいたのがご縁でした。

その後も、“うつわ好き”どうしで、気があうのでしょう。
お客さまでありながら、とても親しくさせて頂いていました。
ほとんどというくらいに、
毎企画で“うつわ”や作品とであっていただいてきました。

ところが、昨日まで一度もご来店頂いていませんでした。
なんといっても、400kmぐらいの遠距離だからです。

ではどうやって作品と出会うのかというと、
当初はメールやHPではなく、
DMから気になる企画だと、
まずお電話をいただき、色々お話しして、
ご覧になりたい物や、使われ方を探って、
適当な物を撮影して写真だった・・・かな?
実はもうあまりに昔で覚えていないんです。

いつの間にか、デジカメ&プリンター&郵便になり、
気が付けば、メールで受け取ってくださるように。
メールも行き交うように・・・。
うーん、たかだか10年ちょっとで、
便利な世の中になったものです。

それでも、画像を見ながら、
お電話でケンケンがくがく“うつわ”談義。
そのうち、身の回りの事やらお子さんの事やら・・・。

荻窪銀花をご贔屓いただくだけでなく、
数々のお気遣いもいただいています。
四季折々に、お母様のつくられた新鮮な野菜を送っていただいたりします。
なんだか、ふるさとの親戚みたいなんです。
って、東京生まれ東京そだちで、ふるさとは東京なので、
ほぼ、はじめて喜びなんです。
こんなに、恵まれたお付き合いを長くさせていただきながら、
遠方ですので、昨日までお目にかかることがありませんでした。

開店一番のお客さまが、
親子連れでおいでになりました。
開店前の日課にしているブログ書きが上手く進まず、
展示用のスポットの点灯を忘れていて、
「いらしゃいませ」とご挨拶もそこそこに、
点灯して周り、ご様子を拝見すると、
企画展の藍染めの作品を見慣れて気配でご覧になっておいでになり、
「あー森さんのお客さまだな」と判断し、
そろそろ森さんもお着きになるだろうから、
ゆっくり拝見頂こうと、お荷物置き場にベンチをお使い頂くようにと、
声をかけて・・・・、距離を置いていました。

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数分でそこへ森さんがおいでになり、
お客さまの方を見て、笑顔がこぼれている。
やはりご存じなのだ。
では、お任せしてブログの続きをと・・・。

そこに森さんが微笑みながら、
「Tさんですよ」
「ええーー!!」
森さんは、Tさんの住む町の隣の県で企画展を開催中に、
2度ほどTさんにお会いしていることは、伺っていました。
おかげさまで、13年前からの知り合いを、
森さんに紹介頂くことになってしまいました。

これは、Tさんのちょっとしたいたずら心のようで、
森さん曰く、口に手をやり「しぃー」のサイン。
Tさんに言わせると、
お話ししているうちに、方言がでればきっとぼくが気づくのではないかと。
うーん。ちょっと意地悪ですよね。

森さんの作品の魅力としばらくはそれが見られなくなることもあって、
わざわざ、お出かけくださったので、
おかげで、13年目にしてはじめてTさんにお目にかかることができました。
とても嬉し出来事でした。
話がますます長くなるので、割愛しますが、
Tさんのご贔屓の作り手N氏の、親しい友人Iさんもたまたま来店して、
お二人をそれぞれご紹介すると、IさんもN氏からTさんのお話しを伺っていて、
そこにも会話がはずんでいました。

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ご縁なのだと思います。
昨日は銀花で嬉しいご縁が一杯あって、
店主閑庵として、大変に心地よく嬉しい一日でした。

ご縁をいただいた皆さまに感謝。
          
             閑庵

自分の時間

仕事や、勉強や、家事や、介護や・・・など、
活動や労働以外の時間の、
遊びや、スポーツや、読書などが、
自分の時間・・・なのかな。

物作りや、ぼくみたいに自営業など、
どこまでが仕事でどこまでが生活で、
どこまでがプライベートか曖昧だと、
自分の時間はないようでもあるし、
全部自分の時間のようでもあります。

もしも、社会や、時には人との接触を閉ざしての時間や空間を、
自分の時間というのなら、
確かにそういう時間は、
誰にでも必要なのかもしれない。

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それはストレスから距離を置くためだったり、
自分を見つめるためだったり・・・。
人それぞれ、色々なのでしょうけど、
少なくても、ゆっくりとした時間経過や、
非生産的な、ダラダラした、
ナマケモノ的な時間の過ごしかたが必要かも。
って思っています。

前向きで脳天気と思っていたぼくでも、
自分の時空での切り替えがいるのだなと思ってきました。
この数年は、ますます落ち着きのない世の中になっていくように感じています。
その分、誰もが自分の時間を持ちにくくなっているのかもしれませんね。
自分を裸にする、解放する、心を解く時間。
ちょっと無駄なようだけど、きっと必要な時間なのでしょうね。

              閑庵

元気の元

儲かりはしませんが今まで続けてこれたのは、
楽しくて仕方なかったからだと思う。
その勢いで続けられたのは、
きっと作り手もそうだったと思う。
ぼくの古い感覚だったり、ノスタルジーかもしれませんがね。

社会にそれを呑み込むゆとりがあったのでしょう。
そのゆとりが細くなってきたのか、
ぼくには、自分を含めて、
全てのパワーが弱くなってきていると感じます。
作りの手の元気も減り、ぼくのようにカラ元気や、
力まないという方向になっているように感じます。
特に若い作り手は、クールだったり、
おとなしかったり、結構優等生かな。

ものつくりは、どちらかといえば、
普通でない人っていうか、
少数側で、視点が少し違う方が良いのではと思っているのですが、
なんだかとっても、対社会的に常識人が多くなっているかな。

もちろん常識な人が悪いというのではなく、
はじけていて欲しいっていうか・・・。
ものつくりって、自分の分身を一杯作るみたいな作業だと思うんです。
ばくは濃縮液を希釈して、好い感じの飲み物が出来るような感じに受け止めています。
だから、濃縮液である作り手本人は、くどかったり、
ギラギラしてていいいのではと思います。
あまりさっぱりしているようでは、
薄めたときに、凄く味気ないものが出来てしまいます。

もちろん、本質に、品と格があり、健全で、
悪意のないことが好ましいとぼくは思っています。
その意味では、くどくてギラギラしてる作り手でも、
人に接したときには、存外常識人です。
いえ、ぼくの知ってる作り手たちは、
むしろ健全な善人ばかりですね。
ただ、個性的ですね。
そして良い作品作る人は、確実に元気ありますね。
 
元気の元を、作り手から分けてもらって、
カラ元気でもなんでも、
“うつわ屋”として橋渡しをしていかないとね。

          閑庵

藍を本気でやる若い人いませんか

荻窪銀花で企画展開催中の森さんの仕事に包まれていると、
本当に藍の色には力があるなーと、
つくづく感心します。
合成染料ではどうしても出ない藍の色。
JAPAN BLUE と呼ばれる色合いです。

インド藍でさえもほぼ全滅した天然の藍。
今や不思議と、先進国(少なくてもそう思われている)の日本だけに残ったといっても、
過言ではありません。
それは、徳島でスクモを作る人が、まだ存在するからです。
とはいえ、それも代が変わる未来は・・・・。

そのスクモを灰汁だけで、
発酵させて、地道に作業を続ける人は、
ほんの一握りの人々です。

森さんもそんな一人ですが、
その森さんも元はと言えば、
たまたまであった本物の藍に感銘をうけ、
自分も含めて、知らない、見たことがない多くの人に、
藍の美しさを伝えようと始めた事です。
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今まで多くの人との出会いで、
続けてきましたが、
経済活動として維持する限界に来てしまいました。
その原因の一つに、手がないことにあります。

本気で藍とやってみたいという人との出会いがあれば、
きっと、また活動しはじめられると思います。
他の工芸の世界でも、
作り手を目指す若い人の気概が、
薄く感じてなりません。
暮らしむきや、楽な事を望むことは、
致し方ない事とはいえ、
その場合は、残念ながら、違う仕事を選ぶべきでしょう。


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森さんが構築した物を、
盗むくらいの気概でいれば、
必ず力は付くことでしょう。

作り手に、良く聞くお話しですが、
訪ねてきた作り手志望の若者が、
学校に行って習うのには、大枚をだすのに、
なぜ、巧みの技の本質をくみ取れるのに、
いきなり「いくらくれます」では、
「この先のコンビニで人募集してましたよ」と、
言いたくなります。

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ぼくはチャンスだと思うのです。
好きなことにトライしてみる、
そんなことが出来いるのは若いうちだけです。
しかも、間違いなく本物を体験し、気概があれば取得出来ます。
○○のプロデザイナー学校にはいるの良いけど、
少しは違う道をと、思う変わり者いないものかな。

ただし、楽な事ではありませんから、
その点は、軽く考えていただいては困ります。
本気の方は、荻窪銀花までご連絡を。
             閑庵

雑貨屋ではありません


流行の言葉に寄り添うことや、
ジャンル分けには抵抗したくなるときがあります。
このあたりが、頑固オヤヂたるゆえんなのでしょう。

言葉は進化する物ですから、
案外、若い人が使う新しい言葉には、
抵抗もないのですが・・・。
むしろ、マスメディアの方々のお使いになる言葉や、
後ろに商売が見え隠れするときには、
どうも抵抗してしまいますね。

「癒し」や「こだわりの・・・」あたりには、
本来の意味から違うという気持ちで、
結構抵抗ありましたね。
取材などで、善意から、
「いやされる“うつわ”」とか、
「こだわって運営なさっていらしゃるんですね」などと言われると、
ついつい抵抗してしまう大人げない店主でした。

今は、「雑貨のプロ養成スクール」なるものまである、
雑貨とくくられる範囲に疑問や抵抗があるかな。
雑貨には雑貨のエリアがあると思うんです。
いえ、雑貨が嫌いなのでも、いやでもないんですが、
“うつわ”や食器や工芸が流行というだけで、
雑貨という言葉になびいたり、
くくられたりするのには、うーんちょっと抵抗感が・・・。

ブームの後が怖い。
イナゴが通り過ぎたあとにならないのかなーって。

荻窪銀花には、いきなり「雑貨」が・・・と、
くくられる“うつわ”も作品もあまりないので、
関係はないでしょうけど・・・・、
近い種別の、“うつわ”やカトラリーや布などを、
扱っているわけですから、
世の中をちょっと見渡した時に、
流行というだけで、そう美しくないものや便乗商品が、
世の中に氾濫するのには、
いささか、危惧するところがあります。

弱小企業の店だし、
前近代的な方法で手を抜かない作り手や、
価格の絶対値ではかなわない手仕事の作品ばかりなので・・・、
いまや、工芸屋や、作り手たちは、
国際保護動物並の愛情とご理解が必要なのではないかと、
思うことたびたびです。
工芸に理解ある皆様の、愛の手をさしのべて頂き、
なんとか、消滅しないように・・・絶滅かも?
それでは恐竜かな?
それでも、雑貨屋ではなく“うつわ屋”として、がんばります。

           パンダカンカン ではなく “うつわ屋”閑庵 

心を引きつける渦

いつも会期の前半を初日から、
会場に来てくださる阿波藍絞りの森さんが、
今回はいろいろな事情から、
中休み明けの今日から最終日まで銀花にいてくれます。

森さんは、この先しばらくは企画展のお休みするため、
きっと森さんのファンが、たくさんが立ち寄ってくださるでしょう。

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真面目な森さんは、
せいぜい一年に一度逢えるお客様に、
いろいろな情報をなるべく多くお伝えしようと、
それはもう、機関銃の会話になってしまいがち。

しかも、今回は特別ですから、
今後の活動などのことや、現況、事情などを、
どうしても、リピートしなければならなくなるでしょうから、
これは、のど飴、お茶、などを用意しておかないといかないかしら。

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森さんの企画展が好例なのですが、
手仕事の作り手は、旧体制の仕事というか、
仕事の制作スケジュールが長いので、
半年ないし、一年が一つの制作スパンになるために、
どうしても、お客さまとの接点も長くなります。
大昔なら、オーダーして数ヶ月、半年など当たり前で、
何年も待ってやっと出来る事などが、
多くの手仕事で、よくあることでした。
そんな呑気なことは、今の経済の歯車の中では、
なかなか難しく、当然のこととして、
スパンの短い仕事になります。
それは当然、手仕事のでは無理がきます。
自然と手仕事のものつくりは、
経済の歯車からはじかれ、取り残されていってしまいます。
残念ですけど。

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でも、おかげさまで銀花には奇特なおおらかなお客様が多くいらっしゃいます。
多くのお客さまが、一年に一度森さんの仕事に逢うのを、
一生懸命のお話しを、楽しみにお出かけいただきます。
森さんが銀花においでの間、
藍の仕事の確かさ、人柄に、
強く心惹かれて扱って頂く方々で、
銀花には、心を引きつける渦が出来ます。

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いつもいつも、銀花に心が通い、引きつける渦が出来るように、
がんばらないといけませんね。
閑庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

シンプル

真摯な姿勢の作り手の仕事は、
言葉にすると、実にシンプル。
企画展中の森くみ子さんの藍染めもしかり。

スクモ師が蓼藍を発酵させてつくったスクモを、
木灰からとった灰汁で発酵させる。
栄養素としてふすま適量、PHの安定のための石灰を少々。
基本はそれだけで、
化学薬品などや、むろんそれ以外の藍色を引き出す、
合成染料なども、糖類酒などの栄養にする物もなども・・・・いれません。

後はただ、温度管理などの、手間。
手をかけ、優しさをもち、いわば愛情ですね。
でも、それもなれれば、
極々当たり前の事と、
森さんは感じているようです。

趣味でもお仕事でも、
染めや織りに関わった方も、
森さんの仕事に感心してくれますね。
まぁー、人によってはあきれ、
またときに畏怖の念さえ感じる方も・・・。

きっと、それでも森さんは、それが藍染めだからと。
思っていると思います。
そうして、毎年今頃の銀花の恒例として個展を続けてくれました。
30代の頃は、栄養失調になりながらも、
がんばっていました。
年を重ねる毎に、たくさんの出会いと協力や応援を得て、
素晴らしい仕事でそれに答えてきてくれました。

感性が響いて、共感してくださり、
長く愛用いただいている多くのお客さま方。
そんな中での一人のお客さまのことを、
少しだけ、ご紹介させていただきます。

荻窪のお隣阿佐ヶ谷駅北口のほど近くにある、
和菓子屋の「うさぎや」さんです。
(知ってらっしゃる方も多いと思いますが美味しいですよー)
はじめから森さんを応援していただき、
お店で、森さんの暖簾をいくつも使っていただいています。
目に留めたお客さまには、
森さんのご紹介までしてくださっています。
銀花に来るお客さまからも、
「いつも色々掛け替えているので、楽しませている・・・」
という声も聞かれます。
お気持ちがとてもありがたいです。

「うさぎや」さんのように、
多くの心あるファンに支えられ、
その気持ちに仕事で答えている森さん。
針と糸で絞り、スクモと灰汁でたてた藍で染めた、
シンプルだけど心のこもった作品の魅力は、
森さんの心意気そのものです。
甘庵

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物の価格と物の価値

かれこれ20年以上前に、
あるデパートの外商販売員の方が、
デパートでの万引きにお話しをしてくださって、
その膨大な数字にびっくりしたものです。
でも、同じエリア内にあるIデパートは遙かに多いと聞き、
さらにびっくり。

今はどうかわからないのですが、当時のその方のお話では、
何でも、万引きは売り上高に推移する傾向があるとか。
つまり、魅力ある商品構成はそのまま、
悪魔のささやきも大きくなるのかもしれませんね。

さらに、良い品(高額な商品)がなくなるときに、
その価値なりをわかって持って行かれているそうです。
靴などは、履き替えていってしまう方法があって、
良い靴がなくなったあとに、
履き崩した高級な靴が置いて行かれていることが、
良くあったそうです。

うーん、そうなると・・・。
我が荻窪銀花では、
まずその手の被害に遭ったことが、
幸い少ないと思っていたのですが・・・。
それは、そうでもないかも。

つまり、悪魔がささやくほど魅力ある商品構成がなっていない。
加えて、価値は理解しても、使いたいと思わない・・・。

まぁーこれは、極端なお話しなのですがね。
第一、荻窪銀花には悪魔のささやきを聞いてしまうような、
お客さまは来店しませんから。
仮に、お客さまでないその手の方に、
ご来店願っても、触手を動かしたくなることがないのでしょう。
たぶん、荻窪銀花にあるような物を手に入れて、
使って頂いている方なら、
皆さん心豊かで、天使に近いはずからでしょう。
ははは、マジですよ。
加えて、狭い店で、暇で・・・。
当然、お客さまとのマンツーマンの会話をさせて頂くわけで、
その隙もないのでしょうけどね。

ただ、世の中の平均値からすれば、
荻窪銀花を構成しているものは、
価格ではなく、価値をご理解ただけないとならない品揃えなのかもしれませんね。
店主としては、”価値ある物”をセレクトしているつもりなのですが、
ぼくの物差しが、若干世の中とのすれが出て来ているのかもしれませんね。

手仕事の作品の、”物の価格と物の価値”は、
難しい問題を沢山抱えていますが、
価値基準に、心の豊かさが多くなり、
飽きずに、長く使うことで、
心で元が取れるという減価償却方法が成立して、
結果としての、”物の価格”へご理解が頂けたなら、
もう少し、心豊かで真面目な

藍色の効用

藍は、江戸になって庶民の衣服の中心になった、
木綿を染めるには適した染料で、
しかも、布を長持ちさせるためと、
高温多湿の日本の風土には、
目に涼しい藍色は好まれ愛されて、
もっとも一般的な染料として自然に繁栄したいっただと、
ぼくは、そう解釈しています。

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そんな藍には、伝説めいた話を良く聞きます。
マムシや虫よけになる・・・。
さて、どうなのでしょう?
いずれにしても、ぼくは幸いマムシには、
そうそう逢う機会なさそうなので、
どちらでも・・・いいかな。

火に強く、火消しの装束が藍染めだった・・。
これも真意のほどはともかく、
前に森さんが、藍は粒子なので、
木綿が燃えても、そのまま残りますよ。
って、藍の染めの端布を灰皿の上で燃やして、
確かに、木綿の繊維が綺麗に燃えてしまったあとに、
藍色の粉が残りました。
それが藍の粒子だそうです。

この藍の粒子が、
電磁波よけになるなどという話も聞いています。
この方が、マムシよけよりは、
身近な話として聞けるかもしれませんね。


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毎年今頃の蒸し暑い時期に、
森さんの個展が恒例になっています。
蒸し暑さの中、お出かけくださったお客様たちの入ってきて、
「まぁー涼しそう」というの第一声を良く聞きます。
やはり藍は、目に涼しい色合いなのでしょう。

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藍は淡い色合いの浅黄から、濃い色合いの紺まで、
たしかに波長の短い寒色系です。
波長の長い遠赤外線の逆側ですから、
涼しい・・・・という事になるのでしょう。
そんなちょっと科学的なことを、
私たちの先人たちは、感性で藍を夏の色として、
耐暑のアイテムの一つとして選んでいたのでしょうね。
それでも、手で染め上げている手あとから、
涼しげでありながら、冷たい作品にはならず、
心には温もりをくれます

         閑庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

今日から森くみ子さんの阿波藍絞り展がはじまりました。

今日から森くみ子さんの阿波藍絞り展がはじまりました。
朝からファンの方が多くお立ち寄り頂いて、
ブログ書き込みをやっと出来ます。
しかも、顧客用のHPの書き換えの前に・・・。

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飾り付けていてとっても心地がいいんです。
服を着ている方や、スカーフなど使って頂いて行く方も、
水をくぐって馴染んで行く様を楽しんでくださっています。

でも、様々な事情から、
今までのままでは、
続けられない状況になり、
今回の企画展を区切りにして、
見直しをするそうです。

仕事の確かさから、
ファンも多く、それなりに作品もきちんと行き先が決まるのですが・・・。
それでも、続けて行くことが難しい現実にぶつかっています。
スタッフ等の人手の不足。
いえ、正確には人材の不足ですね。
そして、ぎりぎりにしている価格の事でしょう。
それは、作品の整理で、少しは改善可能かもしれませんが・・・。

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それにしても、価格だけをみると、
「いい値段ねー」とか、
「買いやすくはない・・・」や、
ストレートに「高いから・・・」と、
理解して使って頂いているお客さまでさえも、
ついついつぶやいてしまう。

確かに、デパートのバーゲンに行けば、
デフレや価格破壊で、
服でも、暖簾でも、スカーフでも、テーブルクロスでも、
求めやすい物が手に入ります。
毎年のように、流行に合わせて、
半ば使い捨てのように買い換えていく、
ファッションやインテリアの品々。

そんな世の中の流れのなかでは、
本来の仕事のあり方でないと、
作り出せない藍の仕事は、
思い切った改革と、
ファンの皆さんの強い指示が必要です。
まさに、お客さまたちは、
パトロンなのです。

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森さんは妥協をしないだけに、
仕事の中でのストレス回避や、
現実的な数字を良い方向を維持するのは、
並大抵の事ではないでしょう。

それでも、いったんのお休みを頂き、
何らかの形でのお客様との接点を、
持ち続けたいと思っていますので、
皆様応援をお待ちしています。

森くみ子阿波藍絞り展は、荻窪「銀花」で、
7月26日(火)まで開催しています。
澄んだ藍の色を体験なさりたい方は、
ぜひお出かけください。

         閑庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

藍染め暖簾の洗濯

荻窪銀花のショップ部分と、
今や倉庫と化している事務所部分の境に、
森くみ子さんが作ってくださった、
藍の絞りの暖簾があります。
荻窪銀花の宝物です。

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この暖簾は、普段なかなか洗うことが出来ないのですが、
森さんの個展の前に洗うことにしています。
今洗いました。
はじめて洗った時、手荒いの方がいいと思い、
洗剤などつける必要もないので、
店の奥のおまけのキッチンのような流して、
なんとか洗いました。
その時に、忘れていた大きな布が水に濡れる重さを、
思い出しました。
今はかなりの物まで洗濯機で洗えるから、
その感触をすっかり忘れていました。
忘れないため、森さんの気持ちに近づいて企画展をするためにと、
洗濯します。

厚手の生地とはいえ、一枚洗うだけで、
結構腰を使い、握力も鈍くなって来ます。

さらに、幸いなことに・・・脱水機もないので・・・・。
森さんの苦労が、しっかりプチ体験出来ます。
握力がいよいよなくなっていくのがわかるほど、
絞り、絞り、絞りっても、水は滴ります。

こうして、暖簾の洗濯で森さんの苦労が、
少しでも理解や想像出来る切っ掛けになるかと、
自分の中では、ちょっと儀式化して続けようと思っていました。
でも、来年はこの儀式は必要ないかもしれません。
寂しいことです。
確かに、こんなこと一つとっても、
体力的には女性に大変な仕事だと、
毎回実感します。
藍瓶につけては、
絞って、酸素に反応させて、
また、つけて・・・なんども何度もくりかえす、
そうすることで、長く使ったときに、
わかる仕事ですが、数字に響き・・・・、
それはなかなかご理解いただけないのは、
残念なことです。

そうそう、洗濯するときに思うのですが、
いまだに、洗うと汚れのような灰汁が出てくるので、
わかっていてもそれは、一瞬こんなに汚れていた?
と、思うほどの色です。
こうして水をくぐるたびに、
灰汁が流れだして、干して乾いたら、
洗う前より、澄んだ藍色になり、
冴えた色合いを見せてくれていきます。
うん、また一段と宝物の価値が上がったぞー。
さて、荷物も届いた。飾り付け始めよう。
今年はどんな藍染めに逢えるかな。
楽しみ楽しみ。
 
         閑庵

話し下手

先日、荒川尚也さんの「話し上手」のことを書かせてもらいました。
今日は、話し下手のお話し。
ぼくのことですが・・・。

正確には少し違うかもしれません。
今は世を忍ぶ仮の姿で・・・、
忍んではいませんが、本来は建築設計屋です。
暮らすという範囲でとらえているので、
そうはずれてはいないと想いながら・・・・。
しっかり“うつわ屋”のオヤジしています。

そんな生い立ちと根っからの性格なのでしょう。
どうもぼくの話は、理系的に理屈っぽくなってしまうようです。
話の流れやおもしろさをさしおいて、
理詰めで話を押しつけて仕舞う傾向があります。

そのために、このブログの書き込みも、
工芸の知りたい情報を、
比較的にわかりやすく読み取れる説明としては、
そこそこなのかもしれません。

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そんな生い立ちと根っからの性格なのでしょう。
どうもぼくの話は、理系的に理屈っぽくなってしまうようです。
話の流れやおもしろさをさしおいて、
理詰めで話を押しつけて仕舞う傾向があります。

そのために、このブログの書き込みも、
工芸の知りたい情報を、
比較的にわかりやすく読み取れる説明としては、
そこそこなのかもしれません。

でも、このブログをはじめたのは、
いろいろな意味でも危ない曲がり角に来ている日本で、
工芸もご多分に漏れず・・・いいえ、むしろ危機感を感じています。
もともと、たくさんの方の興味をそそる物ではなかったのかもしれませんが、
それ以上に、伝わって行かない状況かと感じています。
少しでも工芸に興味を持ってもらえたら、
工芸を暮らしに取り入れてみるきっかけになれたらと、
ブログを書き始めました。

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おかげさまで、
多くの毎日読んで頂ける方々に支えられていて、
安定したカウントを記録してはいるのですが、
きっと、今読んで頂いている方の多くが、
工芸への理解と賛同を下敷きにして頂いている方と思います。

でもたまたま縁があって、何となくここにたどり着いた方にも、
これを機に、気楽に工芸へ興味を持って頂けるために、
たまたまでも、一度きりではなく、
また、このブログ“うつわ屋のつぶやき”に戻って来て頂けるために、
話し下手を改造しなければならないと思っています。
工芸というジャンルとは別の次元で、
まずは話としてのおもしろさから、
読み続けていただき、少しずつでも読んでいただける方が増え、
いつのまにか、半ば洗脳のように・・・ははは、
工芸への理解を深めてもらえたら、嬉しいのですが。

もう一つ反省と改善しないといけないなーと、思いました。
それは、話の内容や言い回しや組み立て方が、
言い切り方なのではないかと。
理詰めで、自己完結してしまいがちの文章なので、
コメントやトラックバックを頂けないのではないかな。
それとも、恥ずかしがり屋が多い・・・のかな。
たしかに、工芸は一般的なジャンルではないのかもしれませんが、
それでも暮らしのなかで誰でもが使う“うつわ”のお話しが基本。
思いついたこと何でも書いていただけたら、
ぼくにとっては、大変勉強になると思っています。

毎度毎度、一人でテンション高くお話ししてしまう・・・・、
っていうか、独りよがり的なぼくですが、
実は、単なる“うつわ”好きのオヤジに過ぎません。
素直に心に感じ取れたどんなことでも、
ぜひ、コメントを頂ければ嬉しいです。

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“うつわ”や工芸への質問疑問もどんどん書き込んでください。
いきなりどんどんは無理ですね。
誰か勇気ある方、
生け贄的なあきらめで、
あるいはボランティアでも、
もしくは犠牲的精神、
もう、哀れみ慈悲でもいいです。
ぽつぽつでもパラパラでも、
書き込みあると励みになると思います。
荻窪「銀花」という工芸屋の主人ですので、
こちらのお客様でブログ読んでいただいているお客様からは、
直接メール頂いたりして、とても励ませれています。
でも、接点のない方からも、ブログという特性で、
本音や率直な言葉をお聞かせ頂けたらと・・・。
お待ちしています。
よろしくお願いします。

                  閑庵

想像力

“うつわ”を選ぶときや、“うつわ”に興味を持って眺めるときに、
その“うつわ”に料理や食材がレイアウトしてあると、
なかなか評判がよろしいようです。

たしかに、WEB上でも大変こまめに努力を重ねていらして、
“うつわ”の使い方の実例を公開しながらのサイトがありますね。
まぁーぼくがずぼらで、しないので言い訳がましいのですが、
その方が評判が良いのは、もしかしたら想像力が減ってきているのでは・・。

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ろくな料理をしないぼくでも、
“うつわ”は見込みまでしっかり見えてこそ、
盛りつけのしやすさや、
見込み深さで容積や分量が判断でき、
また、空だからこそ自分の盛りつけイメージがしやすいと、
思うのですが・・・・。

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やはり、使用例、調理例、配膳例、コーディネイト例・・・。
それに習うのがよろしいのでしょうかね。
なんだか、窮屈に感じますけどね。
コーディネイト例などでは、それらの“うつわ”、ラグ、カトラリーまで、
同じ物が揃っていないと、レイアウトできないくなってしまうのではないかと・・。
だって、一つ違ったら、ベストのコーディネイトは当然変わってくるのではないかな。
などと、老爺心ながら思ってました。

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自分で盛りつけの想像力を働かせて、“うつわ”を選び、
実際の盛りつけとの食い違いや修正を楽しむくらいの前向きさで、
“うつわ”を選びたい物です。
それに、好い“うつわ”を手にしてみると、
“うつわ”から教わることがきっと多いはず。
“うつわ”が料理を抱え、映えさせてくれると言うことが、
良くあります。
そうなることも、想像できると、また楽しみが広がります。

想像力と空腹で、“うつわ”に様々なごちそうが盛りつけられて、
“うつわ”が美味しそうに見えてくるぼくです。

               閑庵

話が上手い

荒川尚也さんが作りと手して、
人となりの紹介や料理が盛られて、
雑誌などへの良く取り上げられているのは、
“うつわ作り”の上手さへの定評だと思います。

その荒川尚也さんを、ここではぼくの独断と偏見で、
荒川さんの個人としての評価をしてみます。

とても、魅力的な人です。
まぁー好みもあるでしょうが・・・、
同性のぼくから見てもなかなかチャーミングですよ。
それはルックスという点もさることながら・・・。
会話です。
面白いんです。
話が上手い。
組み立て方が特に上手くて。
淡々とした語り口にいつの間にか惹かれて言ってしまう。
これなかなかのものです。

それは、たわいない話や、
経験談や、最近の面白かった事やら、
真面目にガラスの話でも。
人を飽きさせない魅力があります。
逢うたびに、笑わせてくれたり、
感心させてくれます。

“うつわ”作りは作り手のキャラの切り売りだと思っています。
荒川さんの“うつわ”作りには、
荒川さんの話の上手さに共通するものが多いのかもしれません。

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組み立て、構成。
日常と華やかさのメリハリ。
色気というか魅力的なこと。
ぼくにはそれらに、荒川さんの話の上手さと、
共通する楽しさを感じてなりません。

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何気ないグラスは飽きのこない使いやすさをもっています。
でも、同時に品と格を損なわないのは構成がしっかりしているから。

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花器は凛とした美しいフォルムでいて、
花を拒まず受け取り、活けた花が映え、
新しい華やかな空間をうみだします。

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泡の魅力を十分に発揮させるよう手かけた杯は、
酒を呑みながら、掌のなかで光の輝きや煌めきを楽しみ。
それ自体が一番の肴になる魅力をもっています。

どうもばくには、“うつわ”から、
彼の淡々とした語りが聞こえてきてなりません。

          閑庵

作り手との出会い 2 森くみ子さん

森さんとの出会いは・・・16年経つのかな。
縁があって徳島へ滞在したことがきっかけで、
藍への想いが深まり、阿波藍の現状に奮起して、
藍のすばらしさや、手を抜かない本来の藍を、
伝えたいという気持ちからのスタートだったようです。
その意味で、とてもメッセンジャーとして、
制作や実験だけでなく、調査や広報活動までなさっていました。
その一つの自由工房という小冊子の内容の高さには、頭が下がります。

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そんな森さんの、一生懸命な勢いにおされ・・・。
いえ、冗談です。
(森さんのおしゃべり知ってる方には受けたかも。でも森さんには内緒)
正確には、意気投合して、見せて頂いた藍の色とデザインに感激して、
是非荻窪「銀花」で、本物の藍を皆さんにご覧に入れたいと。
その年の秋の「大きな布展」に参加して頂き、
翌年から個展を今年まで15回連続して開催してもらっています。

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森さんの作品を見たときに、
ぼくの心にヒットしたのは、
まずは、手を抜かない、本物の藍の色です。
(本物という言葉は、軽薄な形容詞になりかねないので、
あまり使いたくないけど、一番適切なことばなので使います)
これを見て頂ければ、藍の前に「正」や「本」をつけなくても、
ただの「藍染め」で、きっとわかって頂けると。

二つめに、森さんの作品は、
上から下まで、藍大好き人間には、恥ずかしくてなれない、
ぼくのような小心者が、普段の衣服の中にさりげなく取り入れても、
ごくごく自然なデザインの藍染めだったからです。
まず良いなーって思ったのが、「ドット」でした。
藍絞り染めで、「ドット」はとても、とても新鮮でした。

もう一つ、素材の選択が的確だなーと思ったからです。
ぼくがわかる範囲でも、綿、麻、レーヨンなどの、
藍がよく染まる植物繊維系の素材を、
作品により、しなやかさ、ハリ、つや、テクスチャーなどなど、
実に的確だと思わせてくれました。
また、素材の質の高さもありました。
それは、「染め返し」が出来るようにという森さんの考えからです。
「染め返し」というのは、10年20年と時を経て、
水を何度もくぐり、粒子である藍分が落ちて来たときに、
藍瓶にもう一度つけて、全体を染めることです。
こうすることで、さらに長く作品が生きていくという、
本来の藍染めのシステムだそうです。
そのためにも、先に繊維が負けてしまうようではいけないので、
長く持つ、質の良い繊維を選んでいるそうです。

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こんな姿勢の森さんの作品を通して、
藍染めの本来の姿と、手を抜かない仕事を、
皆さんに見て頂きたくて、
森さんという、素晴らしい作り手と、
出会い、お付き合いいただきました。

       閑庵

本物が残るのはむずかしい

「森くみ子さんの藍は本物です」
こういう言い方するのがいやで、妙に突っ張って、
「手を抜かないあたりまえの藍です」
といっていました。
広報活動としては、失格なのはわかっているのですが、
いつまで経っても青いぼくは、
そこらあたりの表現がすべてストレート過ぎて、
意味なく反感を買ったり、
不本意に傷つけたりもしてしまっていました。
反省はしています。なかなか直らないけど。

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でも、本当のところを伝えたいという気持ちだけで一杯でした。
本来当たり前の仕事であって、
それを売りにするのが潔くないと・・・。
でもそれは、森さんのサイドでの問題で、
橋渡しのぼくは、少しは媚びを売ろうが、
微笑み絶やさないようにして、
「NO」ばかりではなく、ちゃんと「YES」も言えないと。
良いとわかっているのだか、
まずは手に取ってもらい使ってもらえば、
必ずファンになってもらってきたのだから、
この際だましてでなんでも・・・。
そのぐらいでないといけないんですよね。
やっぱり反省。

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昨年の銀花での企画展の後に、
森さんの大切な心の支えの方が急に亡くなり、
仕事のパートナーが事情でおやめになり、
なかなかスタッフが育っていかない・・・。
本当に一気に色々がありました。

15回企画展を続けてくださって、
本当に手を抜いていない仕事を、真剣に続けてきたことを、
しっかり見せてもらいました。

すくも(タデ藍を発酵させた藍染めの元です)を、
ふすまと木灰のアクでたています。
それ以外は何も手を加えません。
藍分をスムーズに出すために、
お酒や水飴をいれたり、ハイドロなど使ったりしません。
地道に長く出てくる藍分を、
何度も何度も布をつけて、染めて行きます。

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濃い藍分で一気に染めたものと、
ちょっと見た感じは変わらないのですが、
長く使っていき、何度も水をくぐり、
灰のアクがだんだん抜けて、
藍の色がどんどん澄んできます。
実態感としてぼくも、少し使わせてもらっていますが。
使ってくださっているお客様が、
身につけて来てくださるスカーフや服が、
10年目あたりから、ぐーんと冴えた色合いになってきました。
うーん。
こういうのは、なかなかわかってもらえないですよね。

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ともかく、昨年はいろいろ合って、
現状として、とりあえず、森さんは来年以降の活動を、
見直し、検討し、整理する段階にきています。
良い先を期待したいのですが・・・。
荻窪銀花での確実な予定は今回の企画展までです。
ともかく、藍の色を見てみてください。
皆さんの応援をお願いします。
たくさんの理解者の声は、
きっと森さんを勇気づけます。

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何でもない、本物の仕事に是非ふれてみてください。

          閑庵

七夕 -見立てて楽しむ-

今夜の空模様もあいにくのようですが、
織り姫と彦星は逢えないのかな。
でも、晴れているところもあるし、
空の上は雨も、雲もないだろうし・・・。
それに、七夕は本来旧暦の時だろうから、
その時には晴れて、きっと逢えるでしょ。

はっきりしない梅雨空でも、
荻窪銀花ではちょっと幸せな七夕です。

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先ほど来店頂いた、若い版画家のお客様が、
七夕に合わせてのお花と飾りを頂いたうえに、
「銀河のようですね」と、荒川さんのガラスの泡を、
今日の夜空に見立ててお求め頂ました。

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遠方のために、またお会いしたことがないのですが、
何年もまえから、荻窪「銀花」の良き理解者で、“うつわ好き”で、
よくお電話で“うつわ談義”を楽しませて頂いているお客様がいらしゃいます。
そのお客さまからも、HPのトップのイラストを七夕に替えたら、
「イラストが、天の川。嬉しくて、発信してしまいました。」
というメールが・・・。
さらに、五月に節句の時にお求めていただた、
鯉のぼりをもった土人形に、
笹を持たせてますという報告まで。




若いお客さまからのプレゼント、遠方のお客様からメールと、
なんだか凄く嬉しくなったので、
ブルグのネタに使わせていただきました。

四季のなかで、いわれや起源はともかく、
お祭りや、行事をぼくらは大切にして、楽しんできました。
野菜や食べ物からも季節感が薄れ、
気持ちや時間にゆとりがなくなってきていいるからこそ、
季節感のある行事を遊びとして、
自分の手で楽しみたい物です。

しきたりと楽しむだけでなく、暮らし合わせた新しい見立ても、
自由にどんどんして楽しみましょう。

昨日(昨日は久々にオフでしたー)テレビの料理番組で、
「明日は七夕なので素麺と使った料理を・・・」と、
その時には、ふーん、関西の番組だからだなー、
きっと関西ではそんな習慣があるのかなー。
素麺を銀河に見立ててかな?
ぐらいに思っていましたが、
今思うと、織り姫=機織り=糸
見立ての飾りにも、織りに関する物を飾りますね。
だからきっとしなやかで細い素麺を糸に見立てているのではないかと。
さて、本当のところは・・・・。
でも、そんな見立ての楽しみを誰かがすることで、
きっと習慣が出来ていったのだとおもいます。
ぼくも、今夜はオリジナルの見立てで、
何か遊んでみましょう。

                閑庵

重さと好感度

ガラスには独特の質感がありますね。
手に触れた時に、均一な量感と触感があります。

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ガラスは通常はムラのない一種類の素材で作られていて、
比重も平均的なやきものや漆器より重く、
(やきもののなかでは、磁器の比重が大きいですがそれより少し大きいです)
構造的にも程度の厚みが必要です。
そのため、手に持った時に独特の量感になります。
それでも、それに違和感をもたれる方は少ないと思います。
むしろ、ひやりとしてちょっと手に来る重さが、
なんだかリッチに感じる時さえあるのは、
ガラスの持つ魅力なのでしょうね。

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“うつわ”は時として、必要以上に重いときには、
「ロクロ下手なのでは?」とか、
「木地が良くないのでは?」などとか、
思ってしまうことがあります。
ぼくなどは、重厚なタンブラーに、
大きめの氷りを入れて、
モルトウイスキーを注ぎ、
手にしたとに感じる重量感には、
言い難い満足感を覚えます。

希薄でない質量のある物を持てる、
心地よさは、どこから来るのかわかりませんが、
明らかに、今で言うところのセレブな喜びなのでしょう。

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ただこれは、男性が多く感じる感覚なのかもしれませんね。
現在の消費者の多くが女性ですから、
是非、そのあたりのご意見を伺いたいところです。

たしかに、グラス、小鉢、ボウルなどの、
日常的な物は、利便性や使い勝手から、
そこそこの重さになるようにデザインされています。
香水瓶、花器、酒器、コンポート的な鉢などは、
「ガラスの固まり」という量感にあふれたものが多く、
重量感、質量感がそれぞれの魅力になっています。

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ガラスは重くても好感度が減るわけではなく、
重いなりのデザインや目的に叶うものなら、
むしろ適度な重さが心地よさとして受け入れれて、
好感度をもたれます。

この点はやはり他の“うつわ”とは違う、
“ガラスのうつわ”の魅力のひとつなのでしょう。
          
                  閑庵

ガラスと光

今日の荻窪は朝から、梅雨らしい天気で、あいにくの雨。
こんな日は一日の変化が少ないのですが、
午前と午後と、夕方から閉店までで、
ガラスの表情が変わります。

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これはきっと太陽光の影響なのでしょう。
それも毎年この時期にしているので、
同じように感じるのかもしれません。
それにしても、やきものよりは、強く変化を感じ取れ、
楽しんでいます。

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撮影の時には時折感じますが、
午前中の太陽光は少し青みがかった色です。
午後になり、黄色や赤みが出てくるように感じます。
夕方から光が弱くなると、
朝から点してはいるのですが、
照明の明かりの色になります。
銀花の場合は白熱灯なので赤い光になりますね。

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荒川さんのガラスは、素地が澄んでいて、
素地の厚い薄いや、角度のあるところ、泡、
仕上がりの表面、水が入っているところと入っていないところ。
そんなところで、光が屈折し、反射し、分光して、
光と影を楽しませてくれます。

虹が見えたり、キラキラ輝いたり、白く光を包んだり、
見るぼくの動きあわせて、光も動き煌めく。
その光の色や輝きが、光の色や角度で、
様々な表情を見せてくれます。
飾りつけに入れた花や演出の小物がの色や影も映ります。

たまたま作品がお嫁に行くと、
その場所に違う作品を置いたり、
レイアウトを変えたりすると、
それは受ける光が違うことになり、
また違う表情を楽しませてもらえます。

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当然、お嫁に行った先でも、
窓辺においたり、テーブルにおいたり、
水が入っていたり、料理が盛られたり、花が生けられたり、
朝、昼、夕、夜と、一日の光の変化と演出を、
楽しんでもらえることでしょう。

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                閑庵

二つの泡

荒川尚也さんは、泡の演出がとても上手いガラスの作り手です。

勢いのある清流を瞬間的に封じ込めたような動きのあるグラス。
凍てつく氷から切り出したような鉢。
大きな葉に揺れ動く露のような皿。
そんな水や氷を連想させるのも、
澄んだ素地と、巧みにデザインされ演出された泡があるからです。

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この泡にはよく見ると2つのタイプがあります。
一つは、科学に強い荒川さんらしさの光る、発泡させた泡です。
もう一つは、吹きガラスのテクニックと心意気から出来た泡です。

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まず、この流れる水のような動きのある泡は、
計画的に発泡させた泡です。
ルツボで溶けたガラスはかなりサラサラしていて、
一つのグラスを作るときにでも、何度かに分けて、
ステンレスの竿に巻き取っていって、
息を吹き込み膨らませていくことから作って行きます。
その作業の途中に、素地に発泡する薬品を巻き取り、
その上に、またルツボに入れて周りに素地を重ねます。
こうして素地の間で、熱化学反応して炭酸ガスの泡が発生します。
ですから、非常に計画的にデザインされて出来ているそうです。
もちろんそれは、センスと技があって出来ることなのです。

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こちらの、つんつんつん・・・と、
リズミカルな軌跡の泡のネタは、ノコギリだそうです。
丹波高原の古い民家に住み、初めて工房を作られたのはその民家の納屋でした。
その納屋を、工房にするために片付け整理したときにあった大きなノコギリが、
この柔らかく伸びやかな泡をつくりだした元だそうです。
木挽きノコギリなのでしょうか、かなり歯の間のあるようです。
それを立てておいて、巻き取ったガラスを適当な時点で、
コロコロコロとその上をころがすと、
ツンツンツンと小さな連続した凹みが出来ます。
手早く、その上に溶けた素地を重ねると、凹みが気泡として残ります。
これが基本だそうです。

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ヨーグルトカップのシリーズは、横にコロコロコロと、
Dip皿や鉢のシリーズは竪に、ツンツンツンと、
凹みをつけて、それぞれ動きの見えるデザインに、
素地を着せて、このリズミカルな泡ができます。
ぼくには、なんだか長閑で、揺らいだ水の中の泡みたいに見えます。

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さて、皆さんは荒川さんが作る泡のガラスから、
どんな連想をされますか。
きっと、これからの時期にピッタリの“うつわ”としての、
涼しげで爽やかな連想なのではないでしょうか。
            閑庵

オシャレだけど安心感

荒川さんの個展2日目です。
昨日画像処理まで終わった、メンバー用のHPの仕上げを、
お客様の合間に進めて何とか完成。
メンバーにメルマガで知らせてほっとしたら、3時過ぎ。
改めて、作品を楽しみながら眺めています。

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荷ほどきの時に、新しい作品をみて、
「なるほどー」「面白い」「こんな物もつくったんだー」などと、
新鮮さを感じていたのですが、
もうすでに、オシャレな“うつわ”も、オブジェのような花器も、
安心感のある、心になじむ作品になってしまっています。

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それは、ぼく個人の荒川さんの作品が好みだと言うこともあるにせよ、
加えて、荒川さんの作り出す手順や制作過程のなかで、
何度もご自身の中でも葛藤や批判や判断や評価を、
かなり厳しく繰り替えしていて、
そんな結果は、新しい作品でも、すでに荒川さん個人の中で、
かなり消化されているのだと思う。

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たとえば、縁を熱いうちに、水につけてひび割れさせ、
また焼くことで溶かして、角の丸みをつけひびをつなぎ、
使用に差し障りのないようにした花器や鉢は、
光を受けると、縁がシャンデリアのように煌めきます。
造形の美しさと、動きと、ガラスゆえの儚さ、
硬質感、透明感などを、理解して演出し素材感を十分に発揮しています。
これなども、ある意味ではわざとヒビを入れた器。
でも、“うつわ”として使う事へも、安心感があり、
また、料理や、お菓子や、花が生える、
納得いく“うつわ”です。

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どの“うつわ”をとっても、
感じ方や使い方やアイテムの違いにかかわらず、
ぼくに感じる、心地よさは、もしかしたら、
懐かしさに似ているかもしれません。
工芸屋を初めてからずっとそばにあった、
ガラスの“うつわ”であり、ガラスの“うつわ”の物差しになっていたのですから、
そうなっても不思議はないのかもしれません。


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 閑庵

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