うつわ屋のつぶやき

うつわ好きの甘庵が、やきもの・吹きガラス・漆器などの、四季折々の身近な和食器を使う楽しさをお伝えします。荻窪銀花で催される企画展の器をご紹介し、使い方から、作り方、作り手のことなど、毎日お伝えします。

ハロウィン

今日はハロウィンだそうです。
どうもぼくの年代になると、
クリスマスほどの定着感がない。
街にそれらしき気配があっても、
パンプキンパイよりは冬至のカボチャの煮付け。
キャンディやお菓子は好きだから配るより食べたい。

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我が荻窪村は、特に銀花の近辺は、
その気配のある商店さえ目に付かない。
そう友人に言ったら、これはどうも街のカラーのようで、
同じ沿線の隣の町でも、それらしい飾り付けも、
グッズも商店街に溢れていたとか。

元々日本人は節句やお祭りを上手く取り入れますね。
それぞれにはおきまりのお料理も、
となれば盛りつける器も・・・。
いや、そこまではなかなか行かないかな。

いずれにしても、季節の移り変わりを感じ取り、
食べ物や行事を楽しめるのは、
四季があるからこそなのでしょうね。

その季節感が、毎年おかしな天候から、
少しずつずれて行かないとよいのですが。
怪しくなっていることを感じるためにも、
行事や習慣を意識することが、
大切なのかもしれませんね。
                            
               閑庵

天然物

藤田さんはこのところ材料で苦労しているそうです。
それは、土(杯土)であったり、
灰であったり、ベンガラだったりします。

藤田さんだけでなく、
やきものの作り手も、藍染めも、木工も、漆器も・・・、
銀花で活躍してくださる方には、
自然の材料や、昔ながらの製法や精製方で作られた、
素材や材料で、仕事をしている方が多く、
皆さん大変苦労なさっています。

工芸全般の認知の低下や、
素材感の理解度が乏しくなっているのか、
(ぼくはそう思っています)
工芸の材料などを支える方々は、
日の目を浴びることもなく、
老齢化や条件の悪化でどんどんやめていったり、
後をつげる方がいなかったりという話をたくさん聞きます。

藤田さんの安南手の話を例にすれば、
まず土が違う物になったそうです。
掘る方や掘る場所が違うのか、
焼き上がりが違い、新しい土に変えてずいぶん探されたようです。
当然、釉薬も土に逢わせて調整など重ねて、
ずいぶん苦労されていました。

と、その釉薬にまたまた問題が・・・。
わら灰を使って調合しているのですが、
当然、ワラを燃やして作るものです。
これも、天然物となりますな。
そのわら灰の品質がまた違ってしまい、
それもずいぶん苦労なさっていました。
わら灰を自分で作る方法もないわけではありませんが、
それには材料の入手と焼くスペースのなどの問題があり、
現状では、断念したようです。

気に入った材料はなるべく、許す限り買い置きしておくようですが、
それでも限度はあり、次ぎに入手するまでに時間が空く分、
品質の変化も厳しくなることなのでしょう。

ちなみに今度は、赤絵のベンガラがダメなようです。
調べてみると、今までの物は、
九州の方でおじいさんが石臼ですっていたらしく、
その方がおやめになってしまわれたそうで、
もう手に入らないようです。
値段に糸目をつけないと、著名陶芸家もつかっている、
良い物があるそうですが、
とても、使い切れない価格だそうです。

もしも、安定だけを考えれば、
灰や土は、合成されたものに変えることで、
価格もやすくなるし、入手も楽になりますが、
それでは、皆さんに満足していただけないでしょう、
藤田さんの仕事でも、なくなってしまいます。
そのために、苦労してでも、
天然物をつかっている藤田さんです。

                      閑庵

藤田語録 その2 「それでも・・・ぼくが五十歩」

藤田語録は面白くて、ためにな・・・ならないけど、
やきもの以外の武勇伝など多数あるのですが、
公的な場所での公表は、個人情報保護法 にも関わるので、
控えざるを得ないのが残念です。うふふ。
が、しかし、賢く、想像力たくましい読者の皆様を想定して、
書いてみますので、そのあたりは、うーんとたくさん拡大解釈、
もう、なかば妄想癖ぐらいで読みくだして頂けると、
面白いかもしれません。

さて、前置きはこのぐらいにして。
「五十歩百歩」という孟子の故事があります。
陶芸家F氏と陶芸家M氏の工房外活動における、
共同戦線において、互いの主導権もしくはリーダー的存在を、
懇意のお二人は互いに譲りあわれます。
F氏は「Mがどうしてもというので」
M氏は「Fが好むので・・・」と、
互いのきっかけや言い出しっぺを譲り合う姿は、
睦まじいほどの仲の良さです。
客観的に聞かせたいたぼくが、
「あのねーそういうのを五十歩百歩というんだよ」
F氏いわく「それでもぼくが五十歩です」と。

作り手の藤田佳三さんを紹介してくれたのは、
同じく作り手の光藤佐さんです。
お二人はそれぞれの仕事を認め合い、
また同じような手法で“うつわ”を作っていますが、
年を重ねる毎に、個性がそれぞれにのびてきて、
それぞれに魅力的になってきています。
そんな二人の個性の違いのお話しをさせて頂きます。

順序からM氏・・ではなく光藤さんから。
15年、それ以上前だったかもしれません。
光藤さんが、数点の作品をもって店を尋ねておいでになりました。
まだ20代のボクトツとしていましたが、好青年でした。
一生懸命さが伝わってくる“うつわ”でした。
いくつかの思うところを勝手にお話しして、
また作品が出来たらみせてくださいね。
ということで、お帰りになりました。
それから一月ぐらい経ったときに、
作品ができたので見て欲しいというので、
では送ってくださいと伝えると・・・・来ました。
5-6箱の段ボール箱が。
ちょっと楽しみに開けてみると、
確かにお話しした“うつわ”を改良したものがでてきました。
おー、なかなかいいじゃん!
では次の箱・・・同じ“うつわ”がまたまた。
ではでは次の箱は・・・うぬ、やはり同じ“うつわ”がー。
もしかして・・・・かくして、同じ“うつわ”が130個。
うーん。
はじめは、ちょっとあきれるというか・・・・。
でも、改めて考えると、凄いパワー。
これはただ者ではないかも。
少なくても、変人=ぼくと同類。
いずれにしてもその心意気を買っておいて良かった。
今にいたり、懇意にさせて頂いてます。
来年も1月後半に個展があります。

さて、
F氏・・・いな、藤田氏はそんな光藤氏に紹介されて、
訪ねて来てくれました。
やはり、まだ20代の人柄のよさそうな好青年でした。
同じように“うつわ”を見せて頂きながらお話しを伺い、
当時ぼくも若かったのでしょう。
藤田さんによれば、言いたい放題だったらしく、
それでも、その言葉を真摯に受け止めてくれて、
その一月半後に、見本が出来ましたとの電話。
では送ってください。と、ぼく。
早々に大きめの段ボールが送られてきました。
楽しみに開けてみれば、こちらはな、なんと。
全部違う。
包み方は当時からきちんと規格されたように、
整然と大変わかりやすく包まれ詰め込んであります。
ちなみに光藤氏は・・・非常に自由奔放に・・・無作為に。
ははは。
ともかく、開けてみると、60個前後の汲み出しが、
手法が同じでも少しずつ変えたり、
口端や、腰や、高台などの形も違っていました。
同じ物は一つもありませんでした。
わかりやすく一つずつに通し番号がついていました。
そうくれば、ぼくも番号順に、一つずつにコメントを書いて、
いえ、当時から・・・生まれてこのかた悪筆だったので、
ワープロをつかって表にしたものを同封して返送いたしました。
この件では、未だにぼくのこの真面目な厚意をですよー、
藤田氏は訴えるんです。
「手書きではなく冷たいワープロで書かれた評で、
しかもその中には、”きらい”と一言だけのコメントの汲み出しがあって、
ぼくは大変傷ついた・・・」と。
そりゃー、そうでしょうけど・・・。
その60-数点=50以上の丁寧な評はどうなの!!
まぁーいいや。

このお二人の、ちょっとベクトルが違うのですが、
作るエネルギーや作陶への意欲は群を抜いていました。
この点においては「五十歩百歩」・・・・ではないですね。
「65個130個」でしたね。
良い意味での「五十歩百歩」でしたが、
先日の宴でもまたその話が出たときに、
光藤さんの130個を大笑いしていたので、
藤田さんだって60個といったら、
「でもぼくは60個・・・」と、
純米酒「瑞雲」に舌鼓をうちながら、のたまう藤田氏でした。

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 閑庵

器に思うこと

【オリジナルなもの】
 作り出す人々にとって、オリジナルな作品を作り出すことは、
なかなか難しいことなのですが、それでもやり甲斐のある、
仕事の目標のひとつでしょう。
器は人類が生活をはじめたときから、気の遠くなるほどの時間をかけて、
工夫がされてきています。
やきものも、生活用具として、楽しみ華やかにするために、
様々な形や釉薬がつくられ、試されてきました。
そんな流れの中で、オリジナルの器というと言うと、今までに見たことのない形や、
釉薬、あるいは、絵や文様だけのように思われがちですが、
ぼくは、もっと大切なオリジナルがあると思っています。

【美味しそうで、当たり前でいて個性ある器】
私たちの生活は、日々刻々と変わりつつあります。
その中では、食べるという行為は基本的には変わらず、美味しく食べるという欲求は果てしなく、食習慣や新しい料理や素材が、どんどん豊かになっています。
それでも、盛り付けること、注ぐこと、呑むこと、持つことなどの
器の持つ基本的な機能は、変わるものではありません。
使いやすいと言うことは、器にとっての基本的な骨格です。
それに加えて、器自体の持つ味わいを楽しめるということが、とても重要です。
器は、器自身が“美味しそう”でなければいけません。
器自体が、魅力のある“嗜好品”と言っても良いくらいです。
当たり前でいて個性ある器が、
何気ない中に光る個性のある器が、
ぼくは好きです。

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【伝統の中のオリジナル】
たとえば、粉引、伊羅保、刷毛目、赤絵、染め付け、青白磁・・・・などの器は、
すべて、伝統的に作られてきた手法で、“和食器”と言われるものですが、
今の私たちの食卓に並ぶ、様々な料理や素材にも似合う器です。
飽きのこない、和の器でありながら、イタリアンが似合ったり、
中華が映えたり、エスニックがぴったりな、そんな器であれば、
それは伝統的でありながら、同時に新鮮な器です。
作り手それぞれの思いから、作り出されたそんな器なら、
一つずつが、全てオリジナルになりうることでしょう。

【季節を感じさせる器】
器から季節を感じて、料理を盛りつければ季節を満悦できます。
季節をイメージさせ、行事やイベントを思い描ける器や、
季節毎の楽しさや風景を、連想出来る器を選ぶことを、楽しめば、
もうそれが、季節を感じることです。
伝統のなかのお約束や知識を得るのも、一つの手段です。
例を少し。
緑釉の織部などは、冬の器とされています。
世の中に緑がなくなった時に、目に緑のご馳走を。という配慮からだそうです。
焼きしめと言われる、無釉の土肌のやきものは、
夏の器として使われるときには、器を水につけ込んで、
その濡れた表情から、涼感を呼ぶ清流の岩肌をイメージさせます。
約束にしばられず、紅葉の葉を添えて、秋の色合いをしっとり抱え込んだり、
うるさくない程度に、桜花を散らすのも、淡い春の色を楽しめるでしょう。
と、自由に季節感を感じ、美味しそうな演出を楽しみましょう。

【器はキャンバス】
器はキャンバス兼額縁だから、無地でも、華やかでも、絵があっても、
料理を盛りつけることを、イメージして、器自体が、美味しそうなものを選びましょう。
器はキャンバスですから、盛りつけた料理を受け取り包み、
より美味しそうに映えさせる事が大切。
少しだけ控えめで、料理を盛って初めて華やぐほうが、
飽きがこないし、使い回しも出来やすいですよ。
盛りつけは、きつきつでなく、ゆとりを持って盛りつけて、
キャンバスである器に盛りつけられた絵をフレーミングする、
額縁であることも、意識してみましょうね。

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【ゆとりのある華やかさ】
季節毎のに感じられる、華やぐ気持ちを大切にしていけば、
季節に合わせて、華やかな器を選びたくなるものです。
そんなときに、華やかな色合いの釉薬であっても、
季節を感じる絵付けだとしても、器だけで完成されたものより、
料理がそこに盛りつけるゆとりがあるものを、選びたいものです。
絵付けが、うるさ過ぎないこと、
見込みがあって、奥行きや広がりがある姿のものが、良いと思いますよ。

【器と料理の共演で】
四季のある日本は、食材も季節ごとのものが、たくさんあって、
四季ごどに舌と目を楽しませてくれます。
器選びも、四季を楽しみながら、季節の演出してみましょう。
自分ながらの季節をイメージするものを、積極的に使うのと同時に、
季節のイメージや香りが広がるしつらえも、大切にしたいものです。

食材も季節の変わり目で、目先の変わる楽しみがあります。
器も少し季節を意識して変えるもの、器を楽しむのも一つの方法です。
でも、いつもの器でも、しつらえを変えたり、
盛りつけを変えたりすることでも、季節感を取り入れられます。
使い慣れた器で、演出して楽しむのも、大切なことです。
器と料理の共演で、季節を感じとりましょう。

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       閑庵

ちょっと復習です

開催中の企画展の藤田さんは、
使いやすい日常の器を作ってくださっています。
その手法はほとんどが伝統的は手法です。
それゆえ、飽きのこない器を生み出されています。

いままで、土物の扱いかたや、
出来た方など繰り返しお話ししてきましたが、
日常的な知識としては、覚えにくいですよね。
学校で教わることでもなく、
興味がでたり、思い立ったときでないと、聞き覚えないことですし、
案外探すと、いまいちわかりにくかったりするのではないでしょうか。

少しでも多くの方に、
“うつわ好き”になって頂きたいと、
ブログを書き始めましたので、
繰り返しになるかもしれませんが、
土物のやきもののことを中心に、
簡単にまとめて見ます。
まだまだ、わかりにくい書き方かもしれませんが、
思い出しながら、また流すようにでも結構ですので、
何度も目にし、耳にしていくうちに、
自然なことになってくれること願って書いてみます。
画像は藤田さんの作品でそれに当たる物を参考に添付してみます。

疑問やわかりにくいことがあったときには、
お気軽にコメントに書き込んでいただくか、
ginka@netlaputa.ne.jp までメールで、
お問い合わせください。
皆さんの疑問や想いが、とても参考になりますので、
よろしくお願いしたします。

【やきものの名前】
粉引き、灰釉、染め付け、上絵などの言葉は、
工芸屋やうつわ屋さんを覗くとよく目にすると思います。
それらの器をみて、何となく理解は出来るけど。
本当はどうなのかな?って、思ってらっしゃる方いませんか?
大まかながら特徴や作り方を含めて、お話しましょう。


【粉引き=こひき・こびき】
白いやきものです。素地に白い化粧土を掛けた陶器です。
桃山時代に朝鮮半島から日本に伝わって、各地に定着しました。
白い化粧土が粉を引いたよう見えるところからそう呼ばれたそうです。

形を作った生乾きの素地に、白化粧土を掛けてその上に釉薬がかかります。
素地と釉薬の間にある白い化粧土に、使うことで湯水がしみ込み、
使い込むほどに変化する表情に、侘び寂びという私達の感性で、
美しさを見い出せたために、人気のあるやきもののひとつです。

*白化粧土:カオリンなどの材料をあわせたものを、水に溶いて、
      浸けたり、掛けたりして、素地に施します。

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粉引きマグ:鉄分を含んだ土に化粧土をかけて、
素地の土が見え隠れする際あたりの気配が楽しい見所です。


【灰釉=はいゆう・かいゆう】
灰を基本にして調合した釉薬のことです。
土灰釉(どばい)、藁灰釉(わらばい)、もみ灰釉(もみばい)、
柞灰釉(いすばい)など、それぞれの灰のもつ特性をいかした釉薬が
あります。
同じ透明釉でも石灰釉(せっかい)に比べてくすみはあるものの、
柔らかくて深みもあり、土物との相性が良く、
窯の様子でいろいろな表情を見せてくれます。
土灰は鉄などの灰に含まれた金属で発色が楽しめ、
含有される鉄が少ないと、青磁や黄瀬戸、伊羅保、。
少しふえて、飴釉、柿釉。
もう少し増やし他の金属なども入れて、黒釉、天目釉などになります。
藁灰やもみ灰は含まれる珪酸で禾目(のぎめ)という、
白濁した釉薬が溶けてうっすら縦縞を作りだす模様が楽しめたりします。
柞の木の灰で作る、柞灰釉は癖の無い透明感が特徴で、
磁器の釉薬の材料として、珍重されたそうです。

⇒「かいゆう」が正しい呼称ですが、「はいゆう」と言われることの方が、
  多いですね。

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粉引き口紅カップ:口にまいた鉄が、灰釉(わら灰釉)にとけ込んで、
流れる景色は、動きのある灰釉独特の美しさです。

【染め付け=そめつけ】
青い下絵が描かれている、磁器のやきものです。
もとは、中国の青華が伝わり、日本で染め付けとよばれて、
日本の器としてなじんでいきました。

四百年が過ぎた今は、もともと日本的なものとさえ思う人が多いほど、
親しまれ、色合いと素材感からの清涼感のある器です。
古伊万里に代表される染付は、一番身近かな磁器です。
青色の絵柄は、素地に呉須(ごす)という、
コバルトにマンガンや鉄などの混ざった酸化金属を絵の具にして、
素地に図柄を描き、その上に釉薬をかけて焼きます。
釉薬の下に描かれるので、下絵といいます。

同じ手法が不純物を含まない真っ白な磁器から、
ざっくりした陶器まで使うことが出来ます。
御深井(おふけ)、絞り手(しぼりで)などもそれで、
見どころや趣は、それぞれに楽しめます。

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安南絞り手だ円鉢:ゴスが滲んだ絵付けの不完全さが、
完璧な染め付けと違った魅力として受け入れられきたのです。

【上絵=うわえ】
本焼きという、そのままで使える状態の高い温度で焼いた器に、
さらに、釉薬の上に、単色や多色の彩画を描くことを、上絵といいます。
絵の具として、べんがら(酸化第二鉄)、水金などや、
調整した低い温度で溶ける釉薬を絵の具として、
画を描き、800度以下の上絵窯とよばれる窯で焼かれます。
焼成温度の高い順に描いては、次の絵を描いてまた焼くという、
手間のかかるしごとです。
色によって焼成温度の異なる場合は、色の数だけ何度も焼くことになります。
柿右衛門、色鍋島、仁清、乾山などが、歴史的に有名で、
いまの器にも、いまだに大きく影響を与えています。

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赤絵マグ:お気に入りの華やかな絵付けがあるだけで、
ティタイムに自分のペースを取り戻すアイテムになるでしょう。

*次号予告:「うつわにおもうこと」をお送りします。
おかげさまで次号は150本目のブログです。
記念して・・・いえ、気分転換ですが、
背景色や構成を模様替します。
PC画面にかたにはご覧になれます。

                閑庵

歯の治療

昨日の宴会の最中にエビとギンナンの炒め物を食べているときに、
口の中に異物を感じて、
あららーギンナンの殻かしらん?
たくもー、お総菜屋さんたらー。
と、思いきや奥歯の詰め物がとれたのでした。
とれた金の詰め物をよく見てみれば、
ずいぶんとすり減っているのがよくわかります。
減ったぶん食べてしまったわけだなー。

歯医者さんは、金や銀やパラジウムとかを使います。
これらはいわゆる貴金属です。
錆びにくい金属、錆びない金属ですから、
イオン化傾向が少ないわけで。
口の中で、味のしないからでしょう。

これらの金属は、すべてやきものの上絵に使われます。
これも同じ理屈で味を変えないのと、
貴金属をしての、見た目の魅力からなのでしょう。

歯医者先生によると、
金はその柔らかかさから、歯と同じに減るから良いそうです。
なるほどと関心しながら歯の治療受けてきました。
そうそう、千歳飴食べないようにと、
警告されました。
ドキ!読まれてる。
あの味結構好きです。
ハナミズキやケヤキが色つきはじめていました。
七五三という季節ですね。

      閑庵

宴の余韻

昨日は藤田佳三を囲んでの宴をささやかに催しました。
急に決まったことや、
平日だったことや、風邪ひきさんや、
歯の治療後や、仕事がのびてしまったなど、
残念ながらの方も多かったので、
内輪に近いメンツで珍しく静かな宴になりました。
いつもはホスト兼給仕兼世話係になるのが常なので、
ぼくとしてはのんびり楽しく過ごせていただきました。
それでも、しらなかった京都情報を伺ったり、
出会った頃の懐かしい話や、
最近企画展で出かけた地方都市の動きや状況など、
話は尽きず気がつけば日付が変わっていました。
藤田さんの相変わらずの話し上手を堪能させていただきました。
たくさんのブログネも仕入れたのですが・・・。
ご本人や関係者の了解を得るために校正が必要かもしれないので、
おいおい、ぼちぼち、お話することにいたします。
今日はオフのぼくは楽しかった宴の余韻・・・。
たんにお酒が残っている・・・ということかな。
ははは。
曇り空をのほほんとながめながら、
濃いめのコーヒーを味わっています。
閑庵

作り手がやって来る

今日は開催中の「藤田佳三作陶展」の作り手、
フジタが銀花にやってくる!
って、藤田さんが京都から来てくれます。
久々に逢えるので楽しみにしていました。

作り手のキャラがそのまま作り出す作品に反映するという、
お話しをしましたが、藤田さんなどはわかりやすいかも。
明るく、如才なく、優しい人柄、情があって、
色気もちゃんとあります・・・好みはあるでしょうが・・。
気が利くってことは、気を遣いすぎてしまう面でもあります。
器にも、そんな面が繁栄していて、
華やかでわかりやすく、ファンも多いです。
でも、やきものカルトのうるさ方にも、
ちゃんと心を引き留めるのは、
使い出してから感じる安心感や、
飽きのこないしっかりした作いきだからです。

藤田さんの器は土物。陶器です。
しっかりと焼ききっています。
使うほどにしっとりをしてきて、
落ち着いた気配を醸し出します。
育っていく楽しみが味わえます。

間口が広いのに、奥行きも広いのは、
まさに藤田さん自身そのものです。
趣味や知識や雑学全般に間口広いです。
当然浅いかなーって。
いえいえ、渋い世界の意外なところで、
かなりの境地で、きちんと身に付いているようです。

イメージしやすい茶道なども、
ひけらかしませんが、そこそこに・・・・。
その辺はなるほどですが、
面白かったのは、水泳。
どうも京都のぼんぼんなのか・・・。
子供の頃から水泳を習っていたお話し。
でも、だんだん聞く内になにかイメージが違う。
温水屋内プールではなく>青空のした
じゃー屋外プール?・>・・でもないんだ
上がって来た時には水の鉄分で真っ茶色>って???
スッポンや亀や魚といっしょ・・・?>池って
池泳ぐ?
なにそれ?
しかも、先生について・・・。
なんでも古式泳法とやらだそうです。
流派などもあるらしいです。
武士のたしなみ、鎧着て堀を渡るって、
おいおい。
どっちかと言えば、ビーチでナンパっぽいイメージなのですが。
それはそれであったのかもしれないですね。
聞いてみましょう。
ははは。

京都なのか、藤田さんなのか、
かなりカルトなお話しがいろいろな引き出しから出てきます。
今回はどんな引き出しが開くか楽しみ楽しみ。

             閑庵

失敗しない器選び その 4

器は選ばれたものではなく、選ぶものです。
予算や目的に応じて選ぶだけでなく、
心を貴族にして選びましょう。

器は、使う人の、選ぶ人の選択が、自由です。
同時に、選ぶ努力や意志が必要でもあるんです。
だから、かえって難しく感じる人がいるんだろうなー。

器選びに自分らしさを反映する事は、楽しいことなのですが、
面倒な人には、選ぶ物差しが、お金の単位だけでわかりやすいものや、
カタログがあるようなものが楽なのでしょうね。
(でもカタログあるって、同じものがたくさん出来るってことですよね
手仕事でないものが多いのかな・・・)
そうなると結局、ブランドに行ってしまうんだろうなー。

ファンションなどの場合は、
身につけるものだからなおのこと、
値段がわかりやすいほうが、
金銭的は価値観から、楽に心の満足度を得られるのかな。
他人にも価値がわかりやすいしね。

ブランド品は、いいものだからこそ、
たくさんの人に時間をかけて認められ、
ブランドになったのですから、
品質、クオリティは間違いは無いのですね。

でも器は、選ぶ人になってもらわないと。
選ばれた器ではなく、自分の好き嫌いで、選んで見てみて下さい。
自分が毎日使うものなのだから、
選び出す答えは、人それぞれです。
どれも正解なのですから、ご自分の答えを選びださないとね。

自分で調理し、盛りつけし、
配膳し、片づけて、洗って、仕舞う。
までをしないといけないけど、
器が好きで、器を使う喜びをしっていて、
暮らしを楽しんでいるお客さまを、
心の貴族とお呼びしております。

心を貴族にして、器を選んでいると、
ご自分のお気に入りから、
新しい意味でのブランドになるものが、
出来るかもしれませんよ。

              閑庵

赤絵

赤絵は古くから、様々な手法で、
アジアや日本各地で作られてきました。
歴史的には磁器に施すことが多かった赤絵が、
近年土物に施されることが増えてきています。
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藤田さんの赤絵も手法や材料は、
伝統的な延長線上にありますが、
当初から手がけている粉引きに上絵してあります。
そのために華やかでいながら柔らかな質感を持っています。

元々藤田さんは、絵筆を巧みに使う技をもっていたので、
あえて、装飾のために安直に絵柄を器に描かなかったようです。
手がけてきた器は、粉引き、刷毛目、伊羅保と、
フォルムや質感や釉調という要素に絞って
クオリティを上げて来ました。
藤田さんの顔や匂いが、それなりに確立できてところで、
はじめて、鉄絵、ゴス絵、赤絵という手法を広げてきました。
それでも、パターン化した図柄を長く描くことを続けると、
すぐに筆が走る過ぎて、上手すぎるというのも変ですが、
面白みや趣が失われがちなので、
気を配っているようです。

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図柄を常にマイナーチェンジしたり、
あるいは、マルチカップやマグのように、
常に絵変わりにしています。
結果として絵柄がある器なのに、
藤田さんの赤絵や安南は常に進化しているため、
純粋な定番ではなく、随時模様替えして行きます。
結果としては、どれも一つずつの器になっています。
やはり出会いがあり、縁を楽しみ大切にしたいものです。

             閑庵

安南絞り手

今回個展に藤田さんは安南絞り手を多く作ってくれたので、
耳慣れない方のために少しお話ししてみます。
粉引きが朝鮮半島から、
青磁や染め付けが中国から伝わったように、
安南絞り手は、鎌倉から室町あたりに、
安南=今のベトナムあたりから伝わったそうです。
安南あるいは絞り手と言われる青い絵柄が滲んだもので、
安南には他に青磁や赤絵などもありますが、
灰釉ですこし温度が上がってしまって、
ゴス絵が滲んだものを、
侘びた風情で当時の茶人たちが好んだようです。

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ゴスが滲んで青い釉のようになっています。
このような景色を「泣いている」と言ったりします。

他の粉引きや染め付けなどの、
導入されたやきものと同じに、
コピーされ、伝承されて今日にいたっています。

藤田さんの安南は、
陶器の素地に白化粧掛けをして、
ゴスで下絵を施して、
わら灰で調合したワラ灰釉をかけています。
焼成は、還元炎気味で焚いて少し中性炎に戻したように、
見受けられます・・・が、
違ってるといけないので、
そのあたりは25日に忘れずに確認しておきます。

いずれにしても、ワラ灰釉は間違いなく、
しっかり芯まで焼き切っているので、
柔らかく、ゆったり変化していきますが、
使う前に、湯や水をくぐらせてからお茶や料理を盛りつけてもらうと、
使うほどに侘びていって、
また一段と落ち着いた表情になっていきます。

湯呑みやマグなどは、お茶類のタンニンなどで、
貫入が美しく入って行きます。

*貫入=特に陶器に多く見られる、釉に入る、
    細かなヒビを、見所、景色として、そう言います。
    使うほどのお茶や食物が入り、
    貫入が目立ってきます。
    はじめから墨汁やベンガラで、
    染めて出している産地などもあります。

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赤絵も施してあります「紅安南」と藤田さんは名付けています。

やきものに関しては、桃山の時代が一番多いのですが、
朝鮮半島大陸から器と一緒に技術も伝播して、
その後も、はぐくまれたり大切にされ、発展もしているのは、
ぼくらの国の豊かな見識と審美眼が故かと思います。
その感性を受け継いでいるはずのぼくらも、
そう意識して、それらを愛で、
先人たちのように、身の回りで使い続けて行きたいものです。
             
                 閑庵

藤田語録 その1「器は使ってなんぼ」

藤田佳三さんはなかなか話し上手で、
またその人柄から、出会いを大切に受け止めて、
すぐにお友達になれる懐の広さがあります。
そんな藤田さん、営業=お客様のお相手も当然お上手。

大分前になりますが、
有る地方都市のギャラリーで、
藤田さんの個展を企画して、
機動力と営業力の有る藤田さんなので、
会場へ出張ってもらいました。
その折りのお話しです。

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会場にとある新聞社の記者の方が訪れて、
何となくお話しし出されて、意気投合。
いつの間にか・・・、夜の街の取材を、
お二人でくまなく綿密になさったかどうかは、
ぼくの取材にはノーコメントだったので、
想像の域をでないのですが、
まぁー・・・・確信しております。。

なぜが記者の方から、
クロカンスキー板までちょうだいしたというほどに、
ともかく仲良くなったようです。
ここからがお話しの主題です。
その記者の方、個展のことを早速新聞に掲載してくださったそうです。
その見出しには・・・。
「器はつかってなんぼやー」と、あったそうです。
ちなみにその新聞はいわゆるスポーツ新聞でした。
大手新聞の企画案内やら、
婦人誌に器を紹介されたり、
TVCMのなかで器がつかわれていたりと、
いろいろなマスコミに露出している藤田さんでも、
後にも先にも、スポーツ紙に個展が掲載されたのは、
その時だけだそうです。

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もっとも、「器はつかってなんぼやー」は、
夜の取材ではらしい語彙で、
さもあらん発言かと思いますが、
内容が意味するところに関しては、
まったくぼくも同感です。
この点のお話しはこのブログでも、
何度かお話ししていると思います。
まぁーそれにしても、
スポーツ紙らしい見出しですが、
やはりこれは藤田語録に相違ないと確信もしております。

そんな藤田さんを見学・・・、
いえ、お話しになりたいという方は、
25日(火)午後には銀花にいてくれると思います。
是非お出かけください。

                   閑庵

京都人

今日から藤田佳三さんの作陶展がはじまりました。
作品が雑誌などにも良く取り上げられるので、
名前をご存じの方も多いかと思います。

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出会った時はまだ20代中盤の若者でしたが、
今もう、中堅の力量あふれた作り手です。
藤田さんは京都生まれの京都育ちで、
現在は京都府亀岡市で作陶しています。
ぼくなどよりはずっと若いのですが、
前近代的は体験のもとに育って来た、
おもしろいエピソードをよく聞きました。
これって、京都の歴史の長さがそのまま暮らしに浸透してからのようです。
と同時に、京都人は新しいことに目を向ける、
姿勢ももっていますね。
だからこそ、古い伝統を活かしながら、
維持しながら、いつの時代も変わることなく、
同時に新しいことを取り入れてこれたのでしょう。


京都人であることが、
藤田さんの“うつわ”の原点にあるとおもっています。
華やかでいて上品・・・そうそう「はんなり」とした“うつわ”です。
それでいて、どこか古くさくなく、
しかも、いまぼくらが日常の中で使いたい“うつわ”です。


向こう付けや小鉢は、和のお総菜だけなく、
フレンチやイタリアンが盛りつけたくなります。

くみ出しや千代口は、煎茶やほうじ茶だけでなく、
カフェオレや、ミルクティも似合う懐の広さともっています。


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渋めの安南絞り手の絵付けも、
華やかな赤絵付けも、
盛りつけや、注ぐお茶やコーヒーのじゃまをしないどころか、
より美味しそうに盛り映えがして、
ティタイムを和ませ心豊かにしてくれるます。

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絵付けは、豊かさから生まれてきた、
自然な装飾です。
それは、時間と手間なのでそのまま価格に反映してしまいます。
ですから、間々すると絵付けが有ることで、
辛口でいえば、成金ぽくなってしまうこともあります。
だからこそ、育ちがどうしても映りこむ、
描き手、作り手の心豊かさが要だとおもいます。
その意味で、京都人の藤田さんは、
その育った感覚をとても上手く活かしていて、
加えて、持ち前のセンスと達者な筆裁きで、
作り出す器を、はんなりと仕立てています。

                    閑庵

失敗しない器選び その 3

*手で作られた器の魅力*
手で作られた器はなら、何でもOKと言うわけではありませんが、
心配りの元にしっかりと作られた器なら、
暮らしの中で使うことで、心豊かになり、
一杯のお茶やご飯が、より心地よいものになるのと思います。

手で作っているので、型で作られた量産のものにくらべれば、
ちょっと値段は高めになってしまいます。
値段の違いを損と思うか、使うことで元を取れると思うか?
ここが手で作られた器を受け入れられるかどうかの、問題点です。
高めの値段の分、気にいって頻度が高く使えるなら、
使って飽きが来ないのなら、
使って心地よいなら、
それはそんなに高くはないはず。

飾り物やよそ行きの器より、
まずは毎日使うものを、手になじみ心に自然なものを手に入れて、
たくさん使っていただけたなら、言葉でいろいろ言うより、
実に簡単にその良さを体験出来ると、思います。

*器はお饅頭と いっしょ*
手で作られた器と、量産の器との違いは、
妙に日持ちする量産のお饅頭と、
一つずつ手で作られたお饅頭の違いに、どこか似てます。
食べたときに栄養やカロリーだけなら、さほど変わらないのに、
味もさることながら、心の満足度がきっと違うと思います。

お饅頭も、食べて見なければ、その差はあまり感じられないはず。
器も使って見ないと、やっぱりわからないです。
お饅頭を選ぶときのように、器も自分の好みで選ぶはず。
使い出してから、うーん、はずれかな?
何か違うなー?と言うこともあるけど、それも経験ですね。
経験を重ねることで“ハズレ”は、まずなくなります。
選ぶときは、お見合いみたいなものですから、
ピィーンと来たり、じわっと来たり、ビリビリっと来るかも、
人それぞれですが、自分が使う器ですから、
自分の暮らしに合わせて、使う事を大前提で選べば、
まず間違いありません。

自分が食べるために饅頭を選ぶように、
自分が使う器を選びましょう。

                       閑庵

失敗しない器選び その 2

*器は選びは気軽に*

器はともかく使うのが一番その良さは分かります。
そのためにもはじめのうちは、
よそ行きの器ではなく、毎日使う器を選びましょう。

気軽に使うためには、気軽に選べる器が一番。
暮らしの中で使われてこそ器は生きます。
いつもの気軽に食べるメニューや、
お得意のメニューや好物のメニューに合う器、
気軽さから、色々使い回しが出来たり、
イメージが広がりやすい器を選びましょう。
自然に身近な器になっていって、
いつの間にか、手で作られた器の良さがより楽しめてきます。
作り手の人柄まで、伝わって来るはずです。

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*器との出会いも縁*

器との出会いは、恋愛のようにたまには失敗もあるかもしれません。
でも、受け取り方で、次は良い縁がきっとあるはず。
しっかりと選ぶことも大切ですが、
出会いは縁のもの、縁を信じて良い出会いを捕まえる。
少し慣れてきたら、そんな気合も欲しいものです。
そうでないと、いつまでたっても、絵に描いた餅状態のまま。
器は手にとり使わなければ、
その良さの、本当の所はわからないはず。
縁をのがさないように。
勇気を持って。
手に入れ暮らしのなかで、活かしてください。

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お気に入りの器は、料理を映えさせ、食卓を華やかにして、
和みのある暮らしになり、心豊かさを与えてくれます。
                閑庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

失敗しない器選び その 1

器選びの時知っておきたいことをお話ししていきます。
まず、宿題だったやきものの種類からお話しします。

ある陶芸家が、やきものを「おこし」にたとえて説明していました。
浅草のおみやげ「雷おこし」とかの「おこし」です。
わかりやすいたとえなので、お客さまにもよくお話します。

 やきものを性質から分けると、
土器、陶器、せっ器、磁器と4つにわけられます。
このうち土器は、身の回りだと植木鉢ぐらいで、
もろいし、漏るから、有名な大社の祭事以外は、
器としてはあまり使いません。
陶器とせっ器を昔は土物って、呼んでました。
土(掘り出した粘土)で作るからです。
磁器を石物と呼んでいました。
これは、陶石などを粉にした素地でつくるからです。

さて、おこしのたとえですが、
陶器は豆のおこし。
せっ器は米のおこし。
磁器は粟のおこし。
それぞれの粒子がだんだん細かくなって、
それに水飴がからんで固まっています。
乱暴な言い方ですが、
やきものも簡単にいってしまうと、こんな感じなんです。
つまり、おこしは、それぞれ似たようでいて、
このそれぞれの粒でちょっと性質が違ってきます。

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陶器は、素地が荒い分、水を吸ってしまいます。
釉薬で器として成り立っています。
その分、使い込んで表情が変わっていくのを楽しめます。
汚れと紙一重ですが、数寄人たちは侘び寂びといって見所として楽しみました。

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せっ器は、陶器より細かい分、水をあまり吸いません。
そこで釉薬のかからないやきものができます。
でも、釉薬が掛かっているものもあります。
陶器よりは硬く、変わりにくく、チップもしにくいです。
「せっ器」と言う言葉は、あまりききませんよね。
でも、堅さもあるので、器以外でもよく使われています。
建物の床や壁のタイルなどは、
「せっ器質タイル」が主流です。

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 磁器は、さらに素地がきめ細やかで、水を吸いません。
その分より硬質で、色が変わることもほとんどありません。
あっても茶渋のように表面についた状態ですから、
汚れにくく、釉薬の表面に汚れやアクがついたときには、
研磨出来るスポンジや、漂白材で元に戻ります。

それぞれのやきものには、善し悪しではなく、個性と特製があって、
それらを取り混ぜて楽しんでしまうのが、
ぼくらの暮らしの習慣となってきました。
そのためにも、それぞれの特徴や個性を大まかでも捕らえて置くことで、
器を使う楽しみが、より広がってくると思います。

                               閑庵

自分の器5 

ぼくはよく思いこみで言葉を勝手に解釈する名人。
いや、迷人です。
子供のころから、コップも自然に使っていたのですが、
ある時、ガラスで出来た物は、
グラスとか、タンブラーといっているなーと、
学校で英語を習い出すと、
湯呑みみたいなものを、"cup"と言うと知って、
ああー、きっとなまって"cop"と言うようになったんだーと、
思いっきり思いこみ。
(間違えじゃーすまないよー。間違えで済めばコップは・・・もとい警察はいらない・・さぶ)
もちろん、違っていました。
オランダ語で、小振りな入れ物を、”Kop”とい言うそうです。
ポルトガル語では、”copo”と言うそうです。
言葉と一緒に伝わった素材が、
ギヤマン、ビードロといわれたガラスだったので、
どうも、ガラスのコップという使い方になったようです。

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さてその、ガラスのコップです。
牛乳やジュースなどのコップでは、
自分の器は少ないようですが、
中身が嗜好性が強くなってくると、
好んで使うコップや自分のコップが決まってくるようです。

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晩酌のビール、焼酎やウイスキー、ワインやリキュール。
また、純米や吟醸など美味しいお酒も呑めるようになって、
冷たい日本酒を飲むときなどにも、
自分のコップを持つ方が増えてきました。

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特に吹きガラスは、口作りがやきものロクロとおなじで、
一つずつ口作りをするために、
大変なめらかで、口当たりがよく、
いったん使うと、贔屓になっていただけます。
後はもう、中身と持ち心地の好みで、
選び方は“うつわ”の数だけあります。

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今夜の晩酌は自分のコップでいかがですか?

                閑庵

間違った“うつわ”選びかも? その 3

皆さんは、“うつわ”を選ぶときの物差しもっていますか?
“うつわ”も、人により心地よさは違う物です。
持った感じ、見た感じ、口に触れた感じ。
これらは、“うつわ”選びの主観です。

これに、機能や性能やデザインなど様々な要素も加えて、
“うつわ”選びの物差しを作りましょう。
たとえば、目的に応じて、やきものの種類や焼き方などを、
選択要素として判断できるおおまかな知識を得ておきましょう。
土器、陶器、せっ器、磁器と、4つあるやきもの種類については、
別の機会にお話ししますね。

さて、“うつわ”選びの物差しを作る基本をお話ししましょう。
今日は、やきものの“うつわ”、食器を中心にお話しします。

自分が好きな“うつわ”を選ぶ。
もう、理屈でなくていいんです。「これが好き」っていう感じです。
だって自分が使うんですから、これが基本中の基本。
“うつわ”は使う物です。そのために、まず自分が使いやすいことです。
湯呑みや飯碗のように片手で持つことが普通の“うつわ”なら、
持ちやすく、出来れば掌のよいものを選びましょう。
口当たりも大切ですね。

色々使えそうな“うつわ”をお薦めします。
色々使えて楽しんで元も取れるでしょ。

清潔感があって美味しそうなこと。
そう、“うつわ”は美味しそうでないとね。

収納しやすい“うつわ”を選びましょう。
数が必要な皿や鉢などの日常の“うつわ”を、
複数求める時には、重なり具合はチェックポイントです。

盛りつけのしやすい“うつわ”を選びましょう。
盛り映えのする“うつわ”の定義は難しくて、
絵があるなしとか、シンプルなだけが良いわけでもなく、
やっぱり使ってみての経験からですね。
でも、盛り映えのする“うつわ”は、
料理の腕を後押ししてくれますし、
料理やお酒や、お茶やコーヒーが美味しいですよー。

晴ハレ、褻ケや、季節なども取り入れるのも楽しいですね。
こうして、自分の暮らしやリズムにあわせて、
“うつわ”選びの物差しの目盛りを刻んでいきましょう。

ただ、いくら目盛りが増えても、
使って頂かないと・・・うつわ屋としては・・・。
手で作られた“うつわ”は特にそうですが、
出会いはまさに一期一会です。
チャンスを逃さずに、びしっと物差しをあてて、
ばしっと、しっかり持って、レジに行って、
「これ、いただきます」
「毎度ありがとうございますー」
と、“うつわ屋”にとって嬉しい構図になるのを、
楽しみにしております。
よろしくお願いいたします。スリスリ。

                        閑庵

間違った“うつわ”選びかも? その 2

気に入って手に入れた器が、
「使ったら急に真っ黒になっちゃったー」とか、
なんだかカビちゃったみたい・・・」などという経験をお持ちの方いますか?
それ、はっきり言って、まずあなたは悪・・・・くないけど、
あなたの“うつわ選び”は間違いだったかも。

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昨日も書きましたが、焼きが甘い“うつわ”だから、
黒くなったり、カビたようになったり、臭ったりするんです。
まぁーそれでも、使う前にしばらく水に浸けておいたり、
使うたびにお湯や水にくぐらせてから使うと、
かなり緩和できます。

色がいったん変わってしまったら、
面倒だけど、漂白剤入りの水にたっぷり浸してみてください。
おおかたはこれで消えるはずです。
色が変わるのは、スポンジ状の素地に、
お茶や食べ物の汁や油が入ったからです。
ただ、漂白剤がたっぷり染みこんだのですから、
塩素をとばすようにしたり、水分を乾かさないとね。
風通しの良いところで良く乾かすのが無難な方法ですが、
カビ菌を消毒する気分で(少しは効果ありそう)、
“うつわ”をレンジでチン!!もありかも。

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まぁーこんな苦労するより、
土物を長く使うことで、侘びて行く姿を、愛おしみ、
楽しんで欲しい物です。
磁器と違い土物は、使うことで変わる物ですが、
使い出してあっという間に変わるのは、
やはり汚れということになってしまいますね。

それには、しっかり焼けた“うつわ”を選ぶのが一番です。
それはもう、作り手次第なので、
作り手を選ぶのが、一つの方法です。
信頼出来る“うつわ屋”を選ぶのも、
作り手を選んだ品揃えになっているはずですから、
それも手ですね。
(頑固で、口が悪くても、言いたいこという店主でもね
いえ、ぼくは優しいですよ。ニコリ微笑)

使うことで少しずつ変わる感覚は、
長く可愛がってもらうことで、少しずつあなた色に染めていく、
っていう感覚でとらえてもらうと良いかもしれません。
(ちなみに、木綿のハンカチ世代です)

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染めものなら、染める布をいったん水に浸けてから染めるでしょ。
あれって、染めムラにならないようにだそうです。
“うつわ”の育て方もこの感じです。
お気に入りの“うつわ”を手に入れたなら、
使い始めは特に、また、しばらく使っていないときも、
使う前に、お湯や水に付けてから使いましょう。
これはもう、陶器だけでなく、せっ器、磁器でも、
出来れば心がけたい、器への優しさです。
よろしくお願いします。

                    閑庵

間違った“うつわ”選びかも? その 1

長く“うつわ屋”を営んできて、いつの間にか、
自分では当たり前の言葉と思って、
口に出たり、ブログの記事に書いていても、
実は世の中では通じない、普通でない言葉だと、
たまに気づくことがあります。
ということは、言葉以上に、
やきものや、吹きガラスや、漆器など情報が、
誤解されていたり、間違った方向で存在したり、
距離のへだたりが出来ているのではないかなーと、
とっても心配になってきています。

情報や書き物はいっぱいあって、
婦人誌などでもよく、“うつわ”の特集が組まれたり、
料理と一緒に日常的に紹介されてりしています。
和食器の特集本や単行本も多く見かけます。
でも、なんだか・・・・違うような気がする。
って、そう思うのはどうもぼくだけではないようで、
少数派なのでしょうが、
それでも“うつわ好き”の有志がいます。

小選挙区ではありませんが、
手仕事のうつわの存在や、主流や、常識や当たり前が、
なんだか・・・・違うような気がする。
手仕事の“うつわ”を作る人も、それを使う人も、
残念ながら、もともと少数派なのでしょう。
だからこそ、無理なく知恵や見方や基準が、
歪むことなく存在していました。
そのあたりがなんだか・・・・違うような気がする。
ぼくです。

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たとえば、お客様にこう尋ねることがあります。
「はじめに煮た方がよいでしょうか」
芋でも豆でもなくやきものをです。
うーん。確かに、煮ることで丈夫になると、
言われることがあるのですが・・・・、
誰か実験でもしてくれないと本当のところはわかりません。
でも、器は煮ることで丈夫になると、
物理学数字に出てくるかは、少し疑問です。

それよりも、汚れないためにと、
お米や重湯で煮ると、器の本などに見かけます。
うーん、なんだか・・・・違うような気がする。

先日も企画展の時に、ある作り手がお客さまから、
同じ質問をされていました。
即座に「必要ないです」と作り手。
ぼくが横からお話しを奪って作り手に変わってお話ししました。

「とてもしっかり、はっきり言えば高温で焼かれているので、
土物でも汚れることはありません。ただ出来れば、
使うたびに、湯や水にくぐらせてつかっていただければ、
器への温かな思いやりになります。
お茶のお点前の時に碗に湯を注ぐのは、
茶筅の痛みのチェックして湿らせて折れにくく、
器を温めて、目の前のお客様に美味しいお茶を飲んでいただくためだそうです。
でも、10年先100年先のその碗でお茶を飲むお客さまのために、
碗を急激に汚さない配慮で湯煎します。
一流のカフェはチェーン店でも同じ理屈で湯煎しているとおもいますよ。
過保護ではなく思いやりでお願いします」
と、辛口でお話ししてしまいました。
よくやるんですが・・・。

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焼き切らないほうが、土味が表現しやすいのですが、
彫刻でもオブジェでもなく、器ですから、
清潔感を保てることが大切です。
つまり、使いやすい上に、土味を表現するのは作り手の仕事。
焼き切っても土味の柔らかさを持てるように焼くには、
ただ温度をあげるだけでは出来ない、
料理の火加減に共通する難しさがあります。

その作り手も言っていました。
土の限界まで焼き切ると、どうしても、
ゆがみや、釉薬のたれなどといった欠品が出て、
歩留まり(完成する比率)が悪くなります。

土物のある産地などの量産品では、
そのほとんどが、出荷時にシリコンで、
汚れや、漏れを補っています。
土味を売りにして、でも汚れるというクレームを、
作る側も売る側も受けたくない・・・のかな?

曲がったキュウリや、傷の有るトマトを嫌い、
大きさを揃えることに躍起になるのは、
生産者のせいなのか、JAマークの箱に入るサイズためなのか、
消費者のニーズなのかしりませんが・・・。
同じような構図が見え隠れします。

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辛口のぼくは、
作り手に「もっとしっかり焼こう」と、
言い切ってしまいます。
使い手の皆さんには「もっとしっかり選んで」と、
言い切りたいので、選ぶための情報を伝えたいとおもっています。

うーんでもなー、間違ってないとこととはいえ、
言い切ってばかりいると、
商売としては間違いだらけの“うつわ屋”になっているだろうなー。
でも、こうしてきたから、いまさら仕方ないですね。
  
               閑庵

ブロガー以上メル友未満

先日も書いたのですが、
“うつわ好き”のぼくとしては、
楽しく“うつわ”のことを伝えながら、
(これに問題あるかもね・・・・)
皆さんとっての“うつわ”は、
どんなイメージで、どんなとらえ方をしているのか知りたくて、
今をときめくブログだったら、
気楽にコメントやメッセージを書き込んでくれるかなーって、
ブログを始めました・・・・が。

HPでもそうでしたが、
ブログをはじめて半年の間に、
メル友といっては失礼に当たるかもしれませんが、
多くの方と、ブログのコメントではなく、
直にメールを頂くことが多くて、大変嬉しく思いながら、
同時にブログとしては欠陥というか?
偏りがあるのか?と、思っております。

WEBの世界なら個人を出さなくても、
関わることができる事が多いです。
ブログの書き込みもその一つですね。
だからこそ、いまさら聞けない疑問などを、
尋ねていただけるかなって。
ぼくの中で当たり前になりすぎていて、
説明や解説をさぼっていることなど、
皆さんへ近づけるために知っておくべきことだと、
実は凄く期待してました。
でもそれには、ぼくのブログの欠けている物があるのではないかと・・・。

それは、「ボケとつっこみ」かと。
つまり、しっかり一生懸命伝えようと、力みすぎ。
言い切り型の記事。
そんなブログでは、つっこみようがないですよね。
うーん、中身はいたってボケが入っているぼくなのですけどね。
もう少し緩く穏やかに書くことにしましょう。

ブロガー、ブログ人の皆さん、
どうぞ気楽につっこんでください。
メル友の皆さんは、
ginka@netlaputa.ne.jp まで
どうぞ疑問難問質問設問借問なんでも問い合わせください。

                 閑庵

自分の器4 

カップは基本の器の一つです。
液体を飲む器はおおよそ含まれますが、
ばくは、取っ手や脚のないものをイメージします。

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そのカップ、大きさや姿は、
かなり巾があり、だからこそ、
作る方も、選んで使う方も、
個性の折り合いをつける楽しみがありあます。
ゆったり、たっぷりから、可愛らしい、シャープ、繊細、おおどかなどなど、
お酒、焼酎、ビール、ミルク、お茶、コーヒー、薬草茶・・・・
表現も中身もいろいろ。

それでも、手に持ち、口を付けていただき、眺める。
自然と厳しく、器の審査方法を科せられ、
しかも、日常の器のために、その頻度が高いと思います。
ましてや自分の器でしたら、
これはもう、長期体験テスト。
そこから得られたデーターは自然と、
一人ずつの器選びの物差しになります。

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その意味でも、なんでもないカップですが、
基本の器の一つとして、
心して作るように、若い作り手の方に、
よく、おこがましくお話しをしてしまいます。
うーん、嫌われるよなー。

そうそう、昨日瀬戸から、作品を見せに来てくださった作り手は、
こんな調子の勝手なぼくの話しや意見を、
大変快くお聞き入れてくださいました。感謝。
また、彼の悩める部分や、自覚する部分のお話しさえ、
大変素直に話しあえました。
そんな会話から、新しい作品が生まれ、
見せて頂くのを今から楽しみにしています。

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さて、話をもどして、
カップを大きくしたものがボウルとなります。
いわば碗や鉢。
碗も、自分の器がありますね。
カフェオレだったり、ヨーグルトだったり、
シリアルだったり、スープだったり、
まぁー使い方は・・・器の使い方は自由なのです。

そんな会話から、新しい作品が生まれ、
見せて頂くのを今から楽しみにしています。

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そんなところから、フリーカップやマルチカップなど、
言葉でイメージを広げる器も、認知された人気の器です。

あなたは、どんなマイカップで、
どんな美味しいものをいただくのかな。
さて、ブログをアップしたら・・・、
ぼくは渋茶をすすろう。

                閑庵

自分の器3 

昨日は、外でも使う自分の器として湯呑みの事をお話ししました。
近年は、そのポストを明け渡しつつある自分の器が、
マグカップ、マグです。

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くつろぐ飲料として、お茶類と双璧の飲料はやはりコーヒーでしょう。
お茶類も、紅茶などが、日常的に飲まれています。
器も、湯呑みより、容積やハンドルのあるマグカップが自然になってきます。

これは、家の中でも同じように、
コーヒーや紅茶をよく飲まれる方は、
自分の器としてマグが増えたり・・・。
湯呑みよりも、はじめからマグが、
マイカップの筆頭だったりして来ているようです。

家の中で使うマグカップは、
コーヒーや紅茶だけでなく、
マグカップ本来の意味合いである、
大きなカップ全般という使い方をされます。
ミルクだったり、スープだったり、ビールだったり、
ハンドルのある持ちやすい碗として、使われたりします。
たしかに、熱い食べ物や飲料が入っていて、
そこそこ大きいと、片手で持ち上げる時に、
ハンドルは握力が少なくても、持ちやすいものです。

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というわけで、いつもお話しするのですが、
器の使い方は自由。
使いやすく、美味しく頂けるなら、
使い手の勝手が何でも許されます。
お気に入りのマグを色々使ってこそ、
自分の器=マイカップとして生きて来ますね。
とってもお得ですし、気分も良いでしょ。

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さて、あなたのマグはどんな風に使われてますか?
マイカップとして、生き生きしていますか。
 
                閑庵

自分の器2 

完全な内使いの“うつわ”である飯碗に対して、
湯呑みは家の外でも使う「自分の器」です。

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たとえば、各人の湯呑みを持ち寄れる環境の職場などは、
まだ少なくないと思います。
これも不思議な“うつわ”ですよね。
でも、使い捨ての紙コップでお茶を飲むのは、
どこか味気ないです。
仕事中のお茶は、気分転換やリフレッシュできる、
くつろぎの時間です。
お茶をより美味しく感じとるための良い道具なだけでなく、
お気に入りの湯呑みはそれ自体が、
心を解いてくれます。

洗うために、水や洗剤を使いますが、手間もかかるかもしれませんが、
トータルには、使い捨てのコップなどより、
環境問題からも良いのかもしれませんしね。

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たとえば、各人の湯呑みを持ち寄れる環境の職場などは、
まだ少なくないと思います。
これも不思議な“うつわ”ですよね。
でも、使い捨ての紙コップでお茶を飲むのは、
どこか味気ないです。
仕事中のお茶は、気分転換やリフレッシュできる、
くつろぎの時間です。
お茶をより美味しく感じとるための良い道具なだけでなく、
お気に入りの湯呑みはそれ自体が、
心を解いてくれます。

洗うために、水や洗剤を使いますが、手間もかかるかもしれませんが、
トータルには、使い捨てのコップなどより、
環境問題からも良いのかもしれませんしね。

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まぁー、自分が気をつけても・・・。
他の方の湯呑みを壊さないようにしましょう。

今日はお店がお休み。
しかも久々の晴れです。
秋色の空を楽しみます。
        
                    閑庵

自分の器1 

ぼくが自分の器をはじめに持ったのは、
きっと飯碗だったと思う。
たぶん瀬戸物屋さんといわれたお店で、
たくさん並んでいた、子供用の茶碗の中から母が選んだのだと思う。
動物やヒコーキの可愛い絵があったように記憶しています。

皆さんも日本人は大なり小なりこんな始まりで、
自分の器を持ち始めたと思います。
ぼくの子供の時から半世紀が経った今も、
素材や形が違ってもその習慣は、
まだまだ、残っていると思います。
そのためか、成長しても、暮らしを変えても、
独立しても、きっと自分の器を持ち続ける方が多いと思います。

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その中でもやはり自分の器の王様は飯碗ではないかな。
パンやパスタやうどんやそばやシリアルなど、
主食というか、炭水化物はいろいろあるけど、
やっぱり日本人の大多数の方がご飯が中心でしょう。
となればやはり飯碗。
それも自分の飯碗。
当然、子供の頃から培った好みがはっきりしてきて、
自分で選択が出来るようになればなおのこと、
より自分の好みが出来ることでしょう。
大きさからはじまり、形、素材感、色、口当たり、手に持った感触や重さなど、
まさに千差万別。

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先に書いた瀬戸物屋さんの瀬戸物の茶碗は、
明治に入って鉄道の普及と重なるようにして、
日本中に広がったいき、
多くの人々が憧れだった、やきもの(半磁器や磁器)の茶碗で、
ご飯を食べれるようになったそうです。
それまでは、簡単な漆塗りか、
木地のままが中心の椀で食べていたそうです。
当然使うことで、染みて汚れていくのですから、
いつまでも変わらない白い飯碗は、
憧れだったのでしょう。
灯心の明かりが、ランプになり、ガス灯になり、
電球に変わっていく暮らしの中の明るさと平行するように、
明るく華やかで、変わらない“うつわ”へ、
気持ちは移行していったのでしょう。

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暮らしや好みや嗜好で選択の幅の広い、
今のぼくらには想像できませんね。
染め付け、白磁、粉引き、赤絵、刷毛目、絞り手などなど手法も多様。
磁器や陶器や漆器と素材も様々。
形も大きささも、約束もなく自由に選べます。

味覚の秋中でも、新米の美味しい季節になりました。
さて、あなたはどんな飯碗で新米を食べますか?
                 甘庵

若き作り手

一昨日のことです。3連休の中日。
朝から小糠雨が街並みを濡らしていました。
気温も低くなって、肌寒さを感じる一日でした。
こんな日は、お客様の足も遠のきがち・・・。

ぼくの気持ちも自然に萎えがちになるのは必然。
気持ちを引き締めるためにいつもより早く店にでました。
休日は営業時間が1時間遅くなり、正午からの営業です。
その時間を使って、遅れていた企画展のセッティングをしました。
要するに、内容を整理選択し、伝票を書いて、
新聞紙と格闘して梱包です。
細々した内容で思ったより時間が掛かり、
開店時間に食い込んでしまいましたが、
案の定・・・・長閑な銀花のため、
つつがなく発送業務完了。

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開店後も、ブログの書き込みやHPの見直し。
事務仕事と、ほとんど寡黙に動いていました。
数本の電話の対応意外には、しゃべることもなく、
その日も終えそうな予感がしていたところへ、
ぼくのお気に入りの作り手である野波実さんが来店。

穏やかで静かな彼との会話は、
ぼくにとって、実に心地のよい時空です。
このところの若い方々になくて寂しいと、
少し感じている部分が彼からは感じ取れて、
嬉しくなる作り手なんです。

前向きで、作ることが楽しくて仕方ない。
そのくせ、多くの悩みや、現実との対峙も抱えている。
それでも、それを投げないし、どこまでも正面から向かうとする、
不器用さが・・・いえ、ちゃんとクリアーしていっているのですから、
真面目さが、というのが正しいのでしょう。

ぼくのたわいない話や、公になれば暴言とも言える言葉も、
先輩風吹かせて放つ会話の数々、
実に心静かに・・・いえ、少なくても表面的には穏やかに、
聞き取り、時に自分の意見を交えて答えてくれます。
ぼくよりずっと大人じゃん。
もちろん、彼の話も聞かせてくれます。
作陶や“うつわ”のことから、彼の身の回りのことまで。
生き生きしてて楽しいお話しです。

野波さんに代表される若い作り手や、
若いお客さまとお話しできるそんな時間から、
いつも”若さの元気”を頂いています。
感謝です。
これはやはり、ぼくが年老いたからでしょうね。
だから、若いあなた!
ブログの書き込みにも、皆さん書き込んでくださいね。
もちろん、気持ちが若い方もね。
                閑庵

自分の器

皆さんにお尋ねします。
ご飯茶碗や湯呑みや箸などは、自分の器を決めていませんか?
飯碗だけの方も、湯呑みや箸だけという方も、
全部という方もおいでになることでしょう。
でも、どれも決めていないという方は、
案外少ないのではないでしょうか。

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ぼくもご飯茶碗も、箸も、湯呑みも、マグも、グラスも、お弁当箱も・・・・、
どうでもいいものまでもっとあるけど。
ともかく、こんなに自分の器を決めて使う習慣は、
世界の中では珍しようです。
もちろん、日本の“うつわ環境”が良いのだとは思うのですが、
それにまして、“うつわ好き”の人々なのでしょうね。


*前に”みんながマイボウルを持っている”でも書きました。
参考にしてください。

やきものが日本中どこでも手に入りやすく、
漆器もあったり、定住しているから管理も楽ですし、
その上、近代では、洋食や中華や、近年などはエスニックと、
料理も食材も、気が多くて、楽しんでいて、
結果、身近な“うつわ”の種類も自然に多くなる。

そんな環境でいて、しかも自分の器を子供の頃から使ってきていますから、
当然“うつわ好き”の分布確率が高くなる・・・はずなのですが・・・。
最近ちょっと怪しいかも。
“うつわ屋”の危機です。

サービス残業しての家路、
超明るいコンビニ誘われて、
ジャンクフードに季節限定弁当と清涼飲料を手に入れて、
家に戻って・・・・チーン。
そのまま食べれば“うつわ”はいらない・・ですよね。

って、何でも食べたいぼくなので、
たまにはやって見たくなるから・・・・、
気持ちはわからないわけではないのですけど。
でもでも、洗わなくでもいい軽便さもわかるけど・・・。
“うつわ”の手応えや、質感は、食べるとい嗜好の一部と言ってよいと、
そう思っているぼくには、とても寂し。
そう思う方が減ってきているのかなー。

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まぁー手仕事の作り手とその制作量から考えれば、
それらを使ってくださる方の割合は、
そう多くなくでも良いのでしょうけど、
やっぱり日本人なら、飯碗と箸と湯呑みやマグぐらいは、
自分の器を持って欲しいなーと、
“うつわ屋”は思います。
            甘庵

二日良い

昨日から「自分の器展」という、新しい企画展が始まりました。
私たちには自分の器を持つという世界ではめずらしい習慣があります。
その習慣をテーマにして、湯呑みやマグや飯碗などを中心にした、
自分の器・マイカップを集めてみました。
お気に入りの湯呑みやマグでくつろぎ、
飯碗でご飯を美味しく頂くのは、
これ、ぼくたち日本人の特典だと思うのですがー。

今回は、いつも荻窪銀花で見て頂いている作り手と、
この企画展で荻窪銀花デビューの作り手が3名加わります。
ふたかたは女性です。
秩父の新妻陽子さんと、鹿児島の山口利枝さんです。
新妻さんは、秩父の土を加えてた土物で粉引きや刷毛目の仕事を見せてくれます。
山口さんは、磁器の仕事で染め付けを中心に見せてくれます。
連休明けには、もうひとかた男性の新川久弥さんが三島の作品を、
出品してくださる予定です。

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作り手の方々も、初めてのご縁ということで、
多少なりとも緊張するのでしょう。
初々しさと緊張感が作品からもにじみ出ていて、
独特の気配を感じさえてくれます。
そんな一生懸命さも楽しませていただけます。

昨日も今日も、発送梱包やHPの書き換え、
特に、登録して頂いている方だけの見える、
催し会場のHPのページは、今回は51カットでした。
加工に加えて、寸法と価格を表示するので、
おおよそとはいえ、採寸して、リストと照らし合わせて、
価格を書き込んでいくだけで、
老眼出てきているぼくには、一気にやってしまわないと、
なかなか進まない仕事です。

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それに、ちゃんと電話や、お客さまもおいでくださるので・・・。
えーと、何やっていたっけ?
あれー、どこまでだっけー?
と、若年性認知症っぽいぼくとしては、
実に能率がよろしくない。

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でもでも役得が有ると思ってやっています。
採寸ついでに、何度もマグを手に取り、
飯碗の掌をスリスリニタニタ(危ないっすね)。
やはり、新しい手の特徴というか個性を認識するには、
二日間ほどかかるかと・・・。
二日間・・・良いなー良い。
ってなわけで、二日良いです。

                   閑庵

日帰り出張

今日は加藤財さんの急須ポットの企画を持って、
山梨県都留市の“もえぎ”さんに伺っています。
雨の中央道のしっとりした景色を楽しみながら、
順調にクルージングして、
開店10時オンタイムで到着しました。

“もえぎ”さんはお客様と大変に良いお付き合いをなさっていて、
いつも本当に感心させていただきます。

今日も着いてすぐに、
「おはようございます」と元気の良い声でのご挨拶いただいたのは、
オナーではなく、お得意様です。
早々に荷物を運び込むと、
手慣れたペースでどんどんお手伝いしてくださいます。
そうなんです。
お手すきな限り、納品時にお出かけくださっていて、
いつもお手伝いいただきます。

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もえぎさんに伺うと、いつもカフェスペースで、
お客様たちと談笑していらして、
ただお茶をもてなすというだけでなく、
サロンとしてとても素敵な雰囲気を醸し出しています。
そんなもえぎさんの心意気が、
お客さまとの素晴らしい関係を作り出したのでしょう。
というわけで今日も、
ぼくが一人で搬入搬出をする半分以下の時間で終えれれました。
その分、ぼくもサロンに参加させていただき、
談笑の輪に加わらせていただき、
楽しいティタイムを過ごさせていただきました。

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しかも、隣のカフェのオリジナルチーズケーキまでご馳走になり、
楽しい日帰り出張に、感謝いっぱいです。

             閑庵

作り手≒作品

今日は加藤さんの最終日なので、
朝から加藤さんが銀花にきてくれています。
つくづく思いました。
作り手はほぼ作品と近似値だなーと。

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加藤さんを知らない方から、
「加藤さんはどんな方ですか」と聞かれて、
「ともかくきちんとした、作るの一生懸命なかたなんですよ」と、
答えたあとに、
「作品そのままの方ですよ」とお話ししているのですが、
長くお付き合いさせていただいていて、
ますます、間違いなく「作品そのまま」だなーと。

でも、よく考えて見たらこれは逆ですね。
“作品≒作り手”なのではなく、
“作り手≒作品”なのですね。
加藤さんだからこそ、作り出せる作品です。

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揺らぎのないシャープなフォルム。
全くずれずにぴたっと納まる蓋。
実にきちんと細かく隙間なく穴の開けられたス。
スパッと切れる注ぎ口。
ここちのよい硬質感となめらかな肌あいの素地。
これらは、加藤さんを見ていると、
「ああーどこも加藤さんそのままだなー」と、
加藤さんの姿形とかではなく、
受ける印象イメージから、
妙に納得出来てしまいます。

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別の言い方なら、分身と言うのかピッタリでしょう。
たから急須は、まさに加藤さん自身です。

               閑庵


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