うつわ屋のつぶやき

うつわ好きの甘庵が、やきもの・吹きガラス・漆器などの、四季折々の身近な和食器を使う楽しさをお伝えします。荻窪銀花で催される企画展の器をご紹介し、使い方から、作り方、作り手のことなど、毎日お伝えします。

糖芸家M氏のガセネタ

昨日のこと、M氏へ在庫状況や注文をしたためた、
電子書簡を携帯電気通話器へ発信したところ、
折り返しの書状によれば、
「Fが三日月のどんが畑で滑落しました」とのこと、
気になり早々にF氏へ問いあわせんと、
電気通話器にて通話を試みたところが、不在の様子。
通常なら、外出にあたっては留守録音機を作動させるF氏。
ますます、気にかかりながらも昨日は商いがばたばたしており、
連絡出来ずに終えてしまいました。
今日になって、再度連絡をとって、やっと繋がりました。

するとF氏、きょとんとした様子。
あれー、元気じゃん。
なんと、本人が知らないことのようでした。
となると・・・・。
ガセネタじゃん。
おぉーい、M氏どなってんだー。
F氏は、M氏のボンベ騒動をしっていました。
たまたまF氏のところに来たガス屋さんが、
「いやー雪で大変だったんですよ。W山のある陶芸家のところで・・・・」
と騒動を話しだしたそうです。
「それMだろう・・・・・」ということで、
同じガス屋さんだったんですね。知っていました。

そのF氏の窯はLPガスのために、12本並ぶそうです。
ボンベ置き場は、渓谷沿いの住まいのさらに際にあり、
ギリギリのところで、危ないところ、っていうことあたりから、
滑落のガセネタになったかなー・・・・。
などと、F氏と話しておりました。

そのF氏とブログ読者のNさんが同級生とわかり、
昨日たまたまお電話いただいたので、滑落情報をお話したので、
心配されて、ブログに書き込いただいた件や、
メールアドレスを教えて差し上げたのですが、
レスがこないと伺っていたので、
その件もお話すると・・・・。
一応ちゃんと見たそうです。
ただ、もの凄く遅筆・・・いえ、遅打で・・・・。
ちょっとしたメールをしようとすると、
ほぼ半日がかりだそうで、湯飲みなら100個も引けそう・・・。
なので、決してないがしろではなく、
何を書いたらいいのかなどと悩んでいたそうです。
不得意ということで、お許しください・・・・。
もちろん落ちてないので、くれぐれもよろしく。
と伝言を預かりました。
そうそう、赤ジャケの話を聞いたといったら、
Nさんのことを逆にもれ伺いましたよー。
うふふ。

         伝言人 甘庵

焼いてあるから煮なくてもいいです

最近のやきもの本に多い「粉引を使う前に煮る」という話へ、
とても抵抗があるぼくで、
時あるごとに、個人的責任をもって、
つまり記事として書くとき発言者であるぼく個人を明確にして、
敵が出来るの覚悟してお話しています。

先日のブログ「光藤さんの粉引」や、

「侘びると汚れは違う」や、

などでも、優しさと過保護は違うと思うところや、
侘びていく表情を楽しむためには、
水とくぐらせていただけれは十分だとお話しています。
もちろん、自分の店では、橋渡しする器を、
選別していくように努めています。

これって、ようは、
「しっかり焼ききった作り手を、店が選ぶべきと思っている」
ということです。

この話を光藤さんとしていたら、
さすがに、みっちゃん!!
うまいこいわはるんです。
「よーく、焼いてあるから、もう煮なくてええです」って。
生焼けのものは、煮るなりしないと、
おなかこわすかも・・・・って、ちがう・・・ね。

そういわれると、ぼくも調子に乗って、
「そういうのを、煮ても焼いても食えない器」って、
もう、口の悪い二人が言いたい放題。
でも、気持ちいいなー。

光藤さんの器を良く観察していただければ、
釉肌に、土の中の金属分やケイ石が釉にとけだしてきていて、
”しのぎ目”や”石ハゼ”や”窯変”や”結晶文”を、
見ることが多く、趣ある表情に仕上がっています。
これは、土を焼き切り、その温度に合わせた釉薬と、
しっかりかみ合っていて初めて成り立つ、
やきものの面白味の一つです。

美術館などにある過去の名品は、
数百年の時を経ていても、
不潔によごれているものは、まず見かけません。
可愛がられ、大切にされていても、
茶陶は、飾り物ではなく使われています。
それだからこそ侘びていった美しい表情になっているのです。
良く焼けている証です。

茶陶よりさらに、使う頻度の高い、
使うことが目的の器なら、より使いやすく、
また丈夫でなくてはいけません。
かといって、無機質な釉薬でも、杯土でも、
それでは手仕事ではありません。
土物ならではの柔らかさや
作り手の分身でだからこその手の温かみを込めた器でありながらも、
しっかり焼いてこそ、器として輝くと思います。

やはり「やきもの」ですから、
「にものに」しなくても、
使えないとね。

                     甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

匙屋のブログ

昨夜、"匙屋のさかいあつし"さんのところへおよばれしてきました。
アトリエを訪ねるのは、檜原村時代からの念願だったのですが、
生来の出不精に加えて、貧乏暇なしに超がついてきて、
動きの悪いことこの上ない状況で、
なかなか実現していませんでした。
そのぼくが、さかいさんからのありがたいお誘いを受けて、
12年来の念願がかないました。

それはもう、温かなさかいさんご夫婦そのままの空間で、
お二人の心地の好いおもてなしに気持ち好く酔ってきました。
お二人のお料理や、アトリエの様子などは、
機会を改めてご報告いたします。
きょうは、kosajiyaさんこと、さかいさんの奥様であるかよさんが、
ブログを始められたご紹介です。
伺えば、知っている友人一人しか見てくれていないようだそうです。

「匙屋」や「さかいあつし」さんで検索しすると、
ぼくのブログや荻窪銀花のHPがでて、
その縁で、ブログやHPへたどり着いてくれる方が、たくさんいます。
それなのに、Googleなどで検索しても、
本家なのに出てこない!!

まぁーこれには、テクニックとしての理由もあるとは思うのですが、
それはそれで、kosajiさんにお伝えすると約束してきましたが、
まずは、匙屋のさかいさんファンも、そうでない方も、
匙屋のブログをクリックして、見てあげてください。
結果、今日のカウント飛躍的に伸びたら、
今日のカウント数ー1=が、
ここから見てくださった心あるブロガー皆さんのおかげとなります。
よろしくお願いいたします。
匙屋〈さじや〉 http://sajiya.exblog.jp/

                     甘庵

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キャッチコピーの変更

出会ったころの光藤さんは、まだ20代でした。
そのころからお茶目でしたから・・・・。
特にギャラリーが終わってからの時間になると・・・変身~ね。

何かのときにカラオケにいたことがあります。
ぼくは滅多に行かない空間なのですが・・・。
いえ、光藤さんも当時は、今より環境の良いところにいたので、
カラオケ出来るところが早々はないはず。
なのに、いやー上手いんですよ。
それにレパートリーがふるっている。
ぼくの世代でもオヤジ感覚と思える演歌ばりばりやら、
渋ーい、なんていうか、夜のご商売のかたでも歌いそうな曲で、
聞かせちゃうんです。
翌日、「光藤さん妙に上手いねー」っていうと、
ちょっと嬉しそうな照れ笑いをしながらも、
「歌えて踊れる陶芸家をめざしています」などと宣うんです。

この話が宴会の時に出まして。
渋いレパートリーが多かった理由がわかりました。
宝塚に生まれて当地の中学卒業して、
京都の訓練校に入ってやきものを勉強しながら、
定時制高校に入学したそうです。
訓練校は2年で終了なので、
窯元の轆轤場で働きながら定時制高校を卒業したそうです。
轆轤場では周りが大人ばかりで、
そんな方達といったカラオケで習い覚えた結果が、
渋ーいレパートリーだった訳でした。
その後で大学では日本で唯一だった「漫画学科」卒業しています。

今回、検討の結果、キャッチコピーの変更がされました。
「走ってやせた陶芸家」って。
ははは、いえ、ぼくが勝手にきめました。

30代までは数々の武勇伝を残すほどに、
大酒を呑んでいた光藤さん。
オープニングパーティでも一切口をつけません。
「もう一生分呑んだからいいよね」とぼく、
「いえ、二しょう分呑みました」と光藤さん、
「一晩に二升って感じだったじゃない?」
「えへへ、まぁーね」と。

数年前に「酒はいけません」と、
ドクターストップをかけられて、
「じゃあー・・・・ウイスキーとか?」とマジ顔で答えて、
ひんしゅくをかったそうですが・・・。
兎にも角にも、今は心を入れ替えて、
一切酒は呑まなくなりましたね。
しかも、毎朝走るようになりました。
はじめ、走っていると、人口が少ない部落なので顔見知りと会い、
話しかけられるたびに止まることになったり、
あめ玉をもらってしまったり・・・・、
止められて注文もらったこともあるとか。
いろいろあって、なかなか面倒だったので、
結果今は、午前5時に走っているそうです。
まぁーそうなるとそれで、鹿の群れとであったりと、
スキー積んだ車がびびって走っていったり・・・。
聞くと、これまた冒険のようですが・・・・・・・。
それでも、それ以来走り続けているので、
逢うたびに精悍になられていきます。

今、その光藤さんから無事に戻ったと電話があり、
いただいたネタで、ブログ書いているって話したら、
「陶芸家ではなく、糖芸家だなー」といってました。
では、「走ってやせた糖芸家」ということに。
みなさんお酒はほどほどに。
いえ、健康のためにアルコールはほどほどに。

                     甘庵

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陶芸家の冒険旅行

今日も光藤さんのおもしろネタをご紹介しましょうね。

コメントも書き込んでくれる律儀なブログ読者の光藤さんに、
なかなかコメントが少ないのでとても感謝していることや、
ブログのネタが大変という話をしました。
となるとそこは、サービス精神旺盛な関西人らしさを発揮してくださいました。
一昨日の宴会の時や、お客様のこないときの、ぼくと二人での馬鹿話で、
「ネタを提供してしもたな・・・・」と繰り返しながらも、
さらにおもしろネタを、ひねり出すところは、
やはりサービス精神旺盛な藤田氏と同様、
いえ、二人はこの点でも、やはり50歩100歩!!
これ、言い意味で賛辞としてです。はい。

では、そのおもしろネタを・・・・。
実はこの話を聞いた時に、おもしろかったので、
随分前になりますが、その時に書き留めたおいたものがあります。 
文章力も進歩ないし、聞いたばかりでリアル感あるし、
すこし、やきものから離れていない書き方なので、
そのままご紹介しましょう。

「裏山に土を採りに行くのは冒険旅行」
光藤佐(みつふじたすく)さんは出会ったときから、
粉引、刷毛目、伊羅保といった伝統的なやきものが好きでした。
作り出すものは身の回りの食器です。極く極く普段遣いに出来る価格と作りです。
それに、昔の職人さんのように轆轤を沢山ひきます。
ですから、何気ないものでも切れのある姿で品があります。
 最近は、土の力に改めて目を向けています。
チャンスがあると、手に入れた原土で仕事をしていました。
原土の力を活かした轆轤ひきや焼成はとても魅力的です。
ところが、価格的に限度のある食器は、
掘り出した原土を使うのが難しく、
いままでは、ほとんどのやきものを作る人と同様に、
粘土屋さんで調整された土を中心に使っていましたが、
近郊の土を色々ためしてみたところ、
幸いなことに、窯の裏山に今の仕事に一番あった土がでました。
ほとんど水漉せずに轆轤が引けて、さくい土で、焼き上がりも良いという土です。
伝統的な窯業産地でないのに不思議なくらいです。
しかし、そう世の中は甘くありません。
不幸なことに、裏山は鹿やイノシシや熊もでる山のせいか、山蛭がでます。
木の上からも落ちてくるそうです。
「土は欲しいが蛭恐し」
聞けば、土を取りに行くときは完全防備で、まさに冒険旅行の気分だそうです。
まだまだこの冒険は始まったばかりですが、
掘り出した原土だけで作ったものや、原土とあわせた土で作られた器も増えてきています。
自分で掘り出した土だけに、思い入れからか轆轤挽きにより冴えがでています。
これからも冒険旅行に精を出してもらいたいと思っています。
自分なら、いやだなーと無責任に思いながら・・・・。

宴会のときにこの蛭にまつわる後日談が出ました。
光藤さんは愛猫家で、3匹の家族の猫ちゃんがいます。
そのうちの、やんちゃな猫ちゃんが冒険旅行にでてところ、
鼻に蛭を付けての帰還。
自分の時には、右往左往していたのに、
可愛い猫ちゃんの鼻についた蛭は、
考えることもなく、直に手で取ってあげたそうです。
その話をいがいでも、猫話をするときの嬉しそうな表情は、
なかなかの見ものでした。
ちなみに、宴会に参加していた、作り手の高松直緒さんや、
さかいあつしさんや、お客様にも、愛猫家がいて、
猫話で盛り上がっていました。
ちょっと、犬派のぼくは寂しかった・・・・かな。

                      甘庵

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ガスボンベ搬入騒動

昨日は一日光藤さんと過ごさせていただき、
オープニングパーティでも、
参加していただいた皆様の笑顔を、
随分見せて頂けました。

それはもう、光藤さんのキャラがなせる技で、
たくさんの武勇伝やら、おもしろ話など聞かせて貰いました。
そんな中から少しは今回の個展に関わったことなどを、
少し話ししましょう。

光藤さんは一昨年の冬には、新居と新しいアトリエに引っ越されたのですが、
前の冬はそこそこの暖冬で、
雪もそう見ずにすんだそうでした。
ところが今年は、全国的は大雪。
光藤さんの住まいは日本海側の天候になるために、
今年は、昨年からの雪が根雪になって、
今現在も腰の高さまで、あるそうです。

眺めているだけなら、新築の大きなピクチャーウインドウから、
綺麗な雪景色ですむのですが・・・・。
2006年の初窯になる今回の個展用の窯焚きが、
大変な騒ぎになってしまったようです。

アトリエは敷地内では、高い位置にあり、
道路からそこへ燃料であるガスのボンベを、
運び入れないとならないのです。
いつもは、ガス屋さんが50kgボンベを、
かついで運び入れているそうなのですが、
それさえも、プロだから出来る技で感心していたのに、
この大雪では、何もかつがないでも、
足が埋まって進まないくらい。
当然のこと、そんな重たい物を持って歩くことなどできません。

運び入れる日を、大雪のために暮れから、
歳を越せばとけるだろうという判断から、
ガス屋さんが、先延ばしにしていたそうです。
ところが年明けてみれば、今までない大雪。
しかも、期日が迫ってきたので、
いよいよ運び入れを決行したのですが、
これが大騒動だったそうです。

絵的にいえば、魚雷みたいなボンベを6本、
3枚の厚めのベニヤ板を、前に繰り出しては、
ゴロゴロ転がして運び入れたそうです。
いつもなら一人のガス屋さんが3人。
光藤さんも手伝ったそうです。
それでも、半日がかりの仕事になったそうで、
平和な所らしく、ご近所の爺婆が集まって来て見学していたそうです。
曰く「大事だー」「大変だねー」
確かに。

このガスボンベ搬入騒動の結果があっての今回の窯も、
いつも変わらぬ、良い出来上がりです。
昨日ご紹介した粉引以外でも、
人気で定番の黒釉。
品格が要求される朝鮮唐津。
白磁や安南手など。
どれも、よーく焼けています。

                 甘庵

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光藤さんの粉引

定番のなっている粉引の鉢や飯椀やマグなどは、
良く焼き切った粉引で、特別な気遣いの必要なく、
日常の器として使っていくと、
実に良い感じに仕上がっていきます。
そうなんです。
丈夫ですし、使い込んでこそ、
良い感じに仕上がっていきます。

窯から出て完成ではなく、
可愛がってくださる方の使い方で、
それぞれの表情に仕上がって行くところが、
粉引の醍醐味です。
そのときに、ちょっと使って真っ黒では、それは汚れです。

使い始めのうちは、使うごとに水やお湯をくぐらすぐらいの優しさはほしいのですが、
それも、頻度高く使って頂けるなら、
はじめの一月もすれば十分です。
逆にあまり使わないようなら、
その度ごとに、くぐらすようにしてくださいね。

とはいえ、極端に神経質になることではありません。
ともかくいっぱい使って頂くほどに、
しっとりとした肌合いになり、照りが落ち着き、
侘びた良い表情になっていきます。

kohiki06.jpg


右は店で10年ぐらい使った物、左は今回の作品。
土や釉薬は少しずつ変わっていますが、
それより、画像ではわかりにくいかもしれませんが、
使った右の表情はしっとりとしています。

良く焼き切った、日常の粉引だからこそ、
使うことで完成していく光藤さんの粉引は、
品と格も持っています。

               甘庵

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定休日でも模様替え

先週末から日曜に降った雪の後、
良い天気が続いていますが、
まだまだ、凍ったままの雪が残っていて、
足下が危ないところがあります。

今日は模様替え日でした。
午後からは、箱展を都留のもえぎさんへ飾り付けに行くために、
駐車場へ行くと、未舗装の駐車場のためか、未だ真っ白です。
しかも、それがしっかり凍っていて、
車に乗り込むのに、おそるおそるでした。

山梨県の都留市も、たしか日曜だったか、
ラジオからチェーン規制の情報が流れていたので、
さぞかし雪景色かと覚悟して出かけたのですが・・・。
あれまー、荻窪よりもずっと少ないくらい。
今回の東京の雪は、しっかり降ったんですね。

話変わって明日からは、光藤佐さんの個展の件です。
荷ほどきをしたので、少しだけその感想を報告いたします。
今年も、粉引、黒釉、白磁、絞り手、赤絵などの手法で、
飯椀、鉢、小鉢、向こう付け、湯飲み、マグなど、
どれも、使いやすさが滲んだ器です。
明日は光藤さんが一日会場にいてくれます。
お時間のある方は是非逢いに来てください。

明日からのブログには、光藤さんのこと、
今回の器について、たくさんご紹介する予定です。
お楽しみに。

                甘庵

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陶芸家M氏の作陶姿

このM氏は時間や何かに追われることなく、
(追われっぱなしのぼくからはそう見えるだけかなー)
淡々と轆轤を挽き、猫と戯れ、三食を自分で作り。
ちなみに、お仕事している奥様の帰りを、
夕飯の支度をして待っているそうですよー。
偉いですね。
って、全然苦にならないどころか、
料理を作ることを、楽しんでいるようです。

前に個展に来てくれたときに、
冷蔵庫に一個残して来たピーマンが気になるって言っていて、
帰ったらいたんでいて、心が痛かったという、
ちゃんと予定通り、無駄なくこなすことが基本で、
そういかなかったことが、辛いらしいです。
偉いなー。
主夫の鑑ですね。

こんな暮らしぶりの陶芸家M氏、いな光藤佐さんの仕事が、またいいんですよー。

ちょっとした時代錯誤というか、
不思議な感じでね。
気ぜわしさがなく静かで、凛としています。

齢四十と四歳になられる光藤氏は、
二十代のころから、作風は良い意味でトラッドで、
粉引や刷毛目、灰釉の茶陶や骨董を、
思わせる器が多かったですね。

お話しした暮らしや、料理の腕前などが、
器作りに影響し、反映して、
作風に広がりを豊かさをましていっています。
ただ、その作風は、侘びさびの感性を基本にしていますし、
一見は地味な器で、さりげなく、でも、焼き切った仕事です。
そのために判断するときに、いくらかの見識があると嬉しいですね。

まず手始めに、少しでも時間をかけて見て頂くことだと思います。
手に取り、土や釉肌が語ることを聞いてみましょう。
分かりやすい派手さも、好みで基準になる絵柄も少なく、
ここは、その器に、料理が盛られたこと、酒が注がれたこと、花が生けられたこと、
いえ、できれば、思い浮かべるほうが・・・、
好きな料理と盛りつけてみる。
贔屓の酒を呑む。
四季折々の花を取り合わせてみる。
そんな想像を描きながら、器を手にとっていただけると、
器の表情に広がりや深さが見えてくると思いますよ。

でも、気に入った器を手に入れて、使っていただくのが、一番。
それに、かなうわけはないのですけどね。

さて、ぼくは黒釉の器に、イチゴをもって食べようかな。
それとも、サラダにしようかな、
いいや、きんぴらゴボウもいいしなー。
渋めの器から不思議なくらいに、美味しそうな景色が、
どんどん浮かんできます。
それが光藤さんの作陶姿勢から生み出された器の魅力です。

                 甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

作り手との出会い 2 光藤佐さん

26日(金)から毎年この時期に恒例になっている、
光藤佐さんの個展が始まります。
光藤さんに出会ったのはかれこれ・・・、
えーと、1990年に初めて個展をしてもらったのだから、
指折り数えて・・・16年以上前になりますね。
随分まえだなー。

紅顔の美青年?だった光藤佐さんも、惑わず四十と四になる。
でも、変わりません。
姿かたちなどは、近年体調のために、毎日走っていることもあり、
30代よりシェープアップしてスリム。
作品は、進化しているけど、
作り出すパワーと、作風や、作り出す姿勢が、
衰えることなく、ますます盛ん。

基本的に大変まじめな性格なのですが、
結構・・・・いや、とてもお茶目だし、
静かでとろそうな(ごめんね)語り口のようですか、
ところがどっこい・・・・。

それこそ15年も前の光藤さんの個展のときに、
ご自分をアーチストと意識しておられたお客様が、
(これ間違いと思うのですか)来店されました。
来る物拒まずと、どんな言葉にも耳はかたむけようと、
心がけてはいたので、心地よかったのかな。
大変なばっこい芸術論をこねはじめ、
自分の論に酔いはじめたのか、
その論理で作品へ評が実に理不尽で、
明らかに偏った内容になりました。
まさに、言いたい放題の発言でした。

ついにぼくが切れて、
江戸っ子・・・・いな、東京人の端くれとして、
黙っていられず、光藤さんの個展で悪いと思ったのですが、
荻窪銀花に、二度と来て頂かなくても良いって思い、
むっと来ていた内容に反論を展開。
かの方、小馬鹿にしながら、なお発言を繰り返した。
ぼくも、よぉーしそれなら、さらに言い返したろーって思う間もなく、
芸術家もどきさんが、ぐうの音も出ないほどの、
厳しく激し論説で、論破した光藤さん。
そうそう、まさに団塊の世代的論破でした。

いやーいい気っ風!!お見事。
その気持ちいい凛とした態度と発言に、
すかっとしましたねー。
聞けば、そのアーチスト発言には、
はなからむっときていたものの、
銀花に迷惑かけてはと、我慢していたらしいんです。
だけど、ぼくが切れて、啖呵きるような言葉を発したので、
急に、封印溶けたように、たまっていた憤慨を、
一気に放出したようです。
言われたアーチストは、それまで、まるでいじめられっ子のような、
何を言っても、はぁー、って小さくなって聞いていた光藤さんの、
思わぬ反撃に、驚愕したようでした。
たじたじになって、即撤退していきました。

二人で顔見合わせ同時に、
「きついこというね」
「きっつうこといいはるなー」
って・・・・・・。
あのときから光藤さんの気っ風にすっかり惚れ込んでいる、
甘庵です。

実は、こんなに気っ風よい陶芸家光藤さんに逢いたい方は、
初日の26日(木)午後には荻窪銀花にいてくださるので、
是非ご来店ください。

             甘庵

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明けるとそこには・・・・ 12

昨日は白銀の世界だった荻窪村は、
路地に入ると道路まで真っ白でした。
でも一夜明けて、メインの道はおおかたは解けて乾いています。
それでも路肩や路地は残った雪が凍って、いかにも滑りそう。
普段降らずに雪が降ったところにお住まいのかたは、
気をつけましょうね。

さて、箱展も今日がいよいよ最終日です。
今日ご紹介するのは、梅原淳子さんの陶箱です。
丸みを帯びた形と、化粧土で下絵を描き、
深い色合いの釉薬をかけ、上絵も施すという、
手をかけた箱です

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釉薬下に化粧土で描かれた文様は、
絵の具での線書きや彩色に比べて、
解け合って作り出す、線や面は、
色合いに奥行きあって、より器の肌になっています。

さらに、金彩や赤絵の上絵を施して、
よりリッチで重厚な仕上がり感があります。
そのためか、黒い釉薬の箱を遠見で見て、
漆器と勘違いする方も何人がいました。

素地もかなり鉄分の含まれた杯土で、
耐火度に近い焼き方なのでしょう。
土から溶け出す金属と釉が絡み合い、
良いハーモニーを生み出している、
しっかりと焼けた焼き物になっています。

掌に納めた量感も、大きさのわりに重量感があり、
箱自体の存在感を高めています。
女性らしい細やかさと華やかさを持っていながら、
落ち着きがあって、品のある箱です。

箱展は、同じテーマでも、素材の違いや作り手により違いから、
いろいろ発見し、たくさん納得し、色々な声が聞こえ来ました。
ぼくにはとても楽しい企画展でした。
って、毎回楽しくお仕事させてもらっています。
みなさんは、どんな風にとらえてくださったことでしょうか?
皆さんの声も、ぜひお聞かせくださいね。
                       
                 甘庵

お気に入りの器を使えば、

家の形をした陶箱を作ってくれたのは、
浜松在住の村木律夫さんです。
村木さんについては、昨年9月の個展のときに、
その人柄を作風をご紹介したので、
覚えているかたや、ファンの方も多いと思います。

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この箱も、まじめに気持ちを込めて作られたのが、
にじんで来る箱です。
磁土で作られたしゃきっとした焼きです。
男の両手でつつんで指先どうしが触れるぐらいの大きさですが、
タタラ板での組み立てではなく、
固まりから彫りだし、中を刳る方法で作られています。

この方法は、大きさが増して行くと、
どんどん手がかかるようになります。
固まりですので、まずほどよく乾かしながら、
少しずつ作業することになります。
乾くほどに出てくる歪みを補正しながら、
また、磁土はとくに、このように四角形では、
角や隅の部分が切れやすいんです。

そのあたりを、丁寧に、のんびり、気持ちを穏やかにして、
作業を続けなければなりません。
ところが、固まりから削り出す意味合いや魅力に、
表面や造形に、粘土の固まりをざくっと切る、
あるいは、削るといった、スピード感が欲しいところでもあります。

表面など、いじりすぎると、
素材感がなくなり、それこそ形を作るだけの目的なら、
型で作る方が安全で綺麗に手間いらずで出来ます。
それでは、作り手が翻訳してくれた、
磁土の声が聞こえなくなってしまいます。

この箱を手でなでながら、楽しんでいくと、
きちんとした印籠(箱のめし合わせでずれないようになっている部分)、
身も蓋も、丁寧に刳っていったリズミカルな刃あと。
付けたのとは違い、力強い削りだした4つの脚。
刃あとや、隅にたまり込んだ綺麗な青い釉薬。
チョークで描かれた伸びやかでのどかな線の下絵。

それらから、柔らかく密度の濃い磁土の様子や、
窯の中で溶けて粘る釉薬が素地と一体になっていく様子などが、
ぼくには聞こえてきました。

さて、まじめな翻訳者村木律夫さんの箱から、
磁土の声が、皆さんにはどんなことを聞かせてくれましたか。

                   甘庵

明けるとそこには・・・・ 10

今日ご紹介する箱は、打ち物の堀内繁樹さん真鍮の箱です。
普段堀内さんはトントンと銅や真鍮や洋泊など板を、
たたいてたたいて、薬缶や鍋から、家具なのど装飾金物までを、
作っています。

銀花では薬缶や鍋などもご紹介しましたが、
他にも、照明器具の金物を一つずつ打ち物で、
作ってもらっています。

量産品だと、プレスで作っていますし、
ほとんどがアルミや鉄でそこに真鍮色などのメッキをしたり、塗装をしてしまい、
金属の持つ寂びる(錆びではなく)面白味を忘れがちです。
そのために、銀花で提供させて頂く照明器具では、
堀内さんの打ち出した侘びていく金物で、
それぞれの作り手にお願いして組み合わせ(コラボレーションですね)を、
楽しんでいただけます。

その堀内さんが今回は、実に小さな遊びの箱で参加してくれています。
これです。
]
box023.jpg


2.5cm角 で高さも2.5cm から 4cm です。
下に敷いてあるのは箱展のDM=官製はがきと同じサイズです。
真鍮の6面のパーツを一つずつ切りそろえて、
組み立てて溶接して作りだしています。
蓋は紙箱でも開けたような姿で、
途中で止まっていて動きませんが、
逆に、柔らかくて、無理せずに動きそうに思えてしまう不思議さがあります。
そのあたりがねらいではないかと、
つまり、金属ですから、そうそう曲がりそうではなく、
無理して曲げたにしても、そんなことを繰り返すと、
金属疲労で折れたり切れたりしそうなのですが・・・・、
考えて、そう思いがいたる前に、
ついつい、ちょっと曲げて見たくなる、
いたずら心にも似た、その思いを引き出すことが、
この箱のねらいかも・・・・?

手に取り、良く観察すると、
さすが京都の老舗に出す薬缶を作るだけあって、
確かな技で溶接されていて、
試しに水を入れてみても、もちろん何の問題もありません。
小さな器やガラス器の「おとし」として、
花を生けたりするのには、好都合かもしれませんね。
なんと言っても、あり合わせの瓶やプラスチックにない、
気品と格調を持ち合わせています。

やはり出会った方の工夫と遊び心しだいの「箱」です。

             甘庵

明けるとそこには・・・・ 9

今日は新川久弥さんの三島手の箱をご紹介します。
「サーカス小屋」という名の付いた箱は、
その名のように、被覆というか、テントのように、
柔らかな形態と表情をもちあわせています。

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麻布でくるんでテクスチャーを付けたタタラ板を、
組み立て作りで作られた、不思議なフォルム。
その表面のすべてに・・・裏まで、
様々な刻印が押されています。
その凹凸をより楽しめて、表情を華やかにするために、
白化粧土で化粧掛けされています。

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型も使わず、一つずつ作り出されて箱たちの顔つきは、
当然一つずつです。
えばっっているのやら、優しいやつや、
落ち着かないやつや、のんびりしたのや・・・、
なぜか性格まで違う気がしてきます。

新川さんが作るの楽しんだことは十分感じます。
それもあってか、箱の制作価格から自分の楽しんだ分を引いてしまったらしく、
破格の提示で、出品していた作り手たちにも、驚きの声が。

確かに、器の価格っていうのは、
難しく、また、手仕事の場合は、
価格を付ける作り手の気持ちが大きく左右しますね。
ともかくこの箱は、気に入った方には、
お得な出会いになることは確かですね。

                甘庵

犬好きの友人のブログ

今日は店の定休日です。
ブログも、器から離れたことを書かせてもらいます。

友人から来た賀状に、暮れに愛犬J が急に召されてしまったとあって、
一緒に遊んだこともある J と、
もう一度遊びたかった・・・ことなどを早速メールした。
その友人から昨日来たメールに、
ブログを始めたことが書かれてありました。
早速そのブログを見せてもらいました。

ボランティアで保健所から助けた犬達を、
里親さんが見つかるまで預かっているそうで、
そんな毎日を記事にしているそうです。
一人住まいの友人にとって、愛犬J は家族だったから、
寂しい思いをしているだろうと、心配していましたが、
入れ替わり立ち替わりのワンコ達に振り回されている毎日で、
そのことが、どんなに友人の心を慰めてくれているか、
ほほえましい様子が、ブログからうかがわれます。

ワンコ好きの方、是非のぞいてみてください。
ワンコ達の目指せ!ハッピーロード
--
http://alona19952005.blog43.fc2.com/


もう一つ、頂いたメールでは、
家具のことを書いたブログを読んで、
手仕事へ理解が、まだ子供で難しかった時に、
お父さんが作ってくれると言った机を、
色々ついている学習机に心が揺らぎ、
拒否してしまったことへ、
今になって後悔しているそうです。
親孝行しないとなー・・・という、
良いお話。
(抜粋だし、すごく良い話だから、許して!Nちゃん)

と、おじさんになったせいか、涙もろいぼくを、
うるうるさせたメールを2つ紹介させていただきました。

                 甘庵

明けるとそこには・・・・ 8

軽井沢の木彫をしている武井順一さんの箱です。
固まりから繰り出した木箱と、
選んだ木目を楽しめる指物の箱の、
それぞれの魅力を見せてくれます。

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これは、シナ材をくりぬいて、
武井さんらしい、野アザミ文様が全面に彫り込まれています。
躍動的で力強い構成と、
躊躇せずにがんがん彫って行くスピード感が
伝わってきます。
キャンディボックスなので、
あわせの口に合うように、別の材種の木が、
蓋の側に埋め込まれていて、
最後のめし合わせの時に、きちんと、ぴたっと閉まる感触は、
手に心地の良い作動感触です。
仕上げは他もそうですが、
漆仕上げにしているので、
これから使っていく時の経過で、
透けていって、木目が際だってくるのも、
使い手の楽しみになることでしょう。


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これは、シュガーポットを意識していますが、
使い方は何にでも使える、ボリューム感です。
桂材漆仕上げで、リズミカルに削っていった刃あとが、
木肌にあった美しい文様に仕上がっています。
匙を抜いて片開きで開きます。
細工で作られた部分が丁番になって、
そこを軸にして90度ほど開きます。


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こちらは、茶筒のように蓋を引き上げて開けます。
こちらも不思議な造形で、木の持つ量感や質感をしっかりくみ取れる、
手で触れる喜びがある木箱です。


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こちらはサクラ材を組んで作った指物の箱に、
倶利文を思わす、エネルギッシュな彫りが、
側面いっぱいに施されています。
この箱のめしあわせは、水平ではなく、
倶利文に沿いながら、緩やかにうねった形に納めています。

武井さんの箱を見ていると、
仕事の丁寧さや手間を考えてしまいますが、
ご当人は、もう彫ることが大好きで、
彫り出すと、楽しくて楽しくて、ぐんぐん彫っているのでしょう。
その楽しさや、木を彫刻刀で削る音までも、
聞こえて来そうな、そんな箱ばかりです。

                  甘庵

明けるとそこには・・・・ 7

山形で作陶している武田千秋さんの箱です。
銀花での定番食器は、プレーンでモダンな器です。
使いやすいこともあってファンも多く、
また、カフェなどのプロユースでも好評です。
そんな定番の器は、一見さりげない形ですが、
制作姿勢や管理は、とても丁寧で、きめ細かい配慮がされています。
そんな決めごとの多い普段の仕事の反動なのか、
武田さんは、オブジェの作品作りにも大変威力を発揮しています。
今回の箱も、その器作りとはちょっと違うオブジェ作りの作風で、
作ってくれました。

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化粧土の使い方が大変上手で、
まるで、絵本に出てきそうな小さなお家の形の箱は、
土壁を思い起こさせる質感に仕上がっていて、
遠い異国の風情が漂っています。

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一方のふくよかな丸さが可愛い箱たちは、
轆轤を使わずに、手ひねりで作り出されていて、
仕上げは化粧土と彩色に薄い釉薬がかかり、
わずかなゆがみや、表面が平滑でないのに、
手の中に収まる丸みが実に可愛くて、
轆轤で挽きだした丸さよりも存在感があって、
暖かみのある丸さが心地よい掌を覚えます。

どちらの箱も1200℃以上の温度で焼かれながら、
手の中で生み出されているからこそ、
武田さんの手を通して、
柔らかな粘土を固めて家にの形に整えて行く様や、
瑞々しい粘土で中空の丸い形にのばして行く量感を、
感じとることができます。

たとえば、丸い箱の蓋をとって、
親指と人差し指でつまみ、
この箱の厚みをたどり測る用にしていくと、
厚みが少しずつ違い、
時には、ぺこんと指あとがへこんでいるところもあったりします。
手や掌からしか見えないことがいっぱいあります。

ぼくは器などを見るときや選ぶときには、
必ず手に取らせてもらいます。
釉薬や絵柄のデザインや色合いなどを見極めることはもちろんですが、
手に持つことでより感じとりやすいことがたくさんあります。
裏を返し、土味を見たり、表面をなで回したり、
指で厚みや、見込みの様子を確かめたりします。
それは、目で見るのとは違う見え方を体験出来たり、
あるいは、目で見るより器の声が聞こえて来ることも、
多く感じとれると思っています。

マナーを心得た皆様にはちょっとよけいなことでしょうが、
老婆心ながら・・・・いえ、老爺心かな・・・。
皆さんも出来るだけ手にとって器を選ぶ習慣を身につけましょう。
ただし、必ず両手で、しっかりと安定した場所でみましょう。
冬は特に、厚手のコートや荷物も多いことでしょう。
工芸店などで、器を選ぶときには、
まず、荷物やコートを置かせてもらいましょう。
お客様にしっかり見て頂こうという姿勢の店なら、
必ずそうできる配慮がなされているはずです。
わからなければ、スタッフに一言声をかけてみましょう。
店側からすれば、お客様の気持ちが嬉しいはずですから。
もしも、そんな配慮がなされていないお店なら・・・・。
器へのお店の姿勢も見えてくることでしょう。
   
                    甘庵

家具納品

家具納品
今日は朝からかぐの納品に立ち会って・・・・。
結局戻ったのが2時過ぎでした。
運送屋さんがいつ来るかと、
新築のお宅でひなたぼっこして待っていました。

自転車で4-5分とご近所ですので、
気持ちは楽でしたが、
箱展の作り手の片山さんに店番をお願いしていたので、
少し気にしながらも、
目の前に流れる善福寺川に遊ぶ鴨や、鷺を眺めながら、
すっかりのんびりしてしまいました。

それでも午後1時半過ぎに、
荷が届き、何とか運び入れて、
梱包を解くのはあっという間ですが、
今回は九州の西克巳さんにお願いして、
2年越しの納品の作品でした。
そのため、漆仕上げの表情も透け具合もほどよく落ち着いていました。

待ちこがれた作品を、なでなでスリスリ。
座って、眺めて、しっかり確認して参りました。
良いできでした。

おかげさまで、注文主にも喜んで頂き、
無事納品作業が終わりほっとして、
あわてて戻ってから店の営業。
ばたばたしてブログもやっと落ち着いたと思って・・・・、
なんかおなかすいていると思ったら、
お昼食べてなかった。
というわけで、今日は箱のお話はパスです。
明日は、山形の武田千秋さんのお話の予定です。

みち~とさんのご希望により、参考画像です。

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甘庵

明けるとそこには・・・・ 6

美味しそうなこの箱は、
神田正之さんのモザイクガラス箱です。

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光に透かしながら角度を変えて眺めていると、
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の虹色から、
ピンク、朱色、ブルー、ベージュ、グレー・・・・、
半透明のたくさんの色が流れ込んできます。
蜻蛉玉のようなものや、レースガラスのようなものも、
見つけれれます。
眺め眇めつ・・・・これが、見ていて飽きませんし、
見るたびに、違う色のハーモニーを発見出来ます。
ガラスだからこその特徴として、透かす角度で色も重なるし、
光の加減も大いに影響があるのでしょうね。

さてこのモザイクガラス箱は、
神田さんのオリジナルになる部分が多く、
実に複雑な工程から成り立っています。
興味もある方もおいでになるでしょうから簡単にお話しますが、
それでも、それが面倒なことがおわかりになると思います。

神田さんの仕事はその大部分が、電気炉を使って作られて行くようです。
はじめに、この多種多様な色ガラスや、文様のあるガラス板を、作ることから始めます。
色のガラス板ならガラス粉に色の元になる金属や色のガラス粉を混ぜたもの、
あるいは、色のガラスの粉を、電気炉で溶かしガラスの板を作ります。
この方法でたくさんの色合いの板ガラスや、文様の入った板ガラスを作り、
これを必要な大きさにカットして、たくさんのピースを用意します。

この箱の場合、作品外側の形である、
雄型と雌型を耐熱石膏でつります。
逆さにした雄型に沿って、作っておいた色ガラスのピースを、
積み上げるように、組み立てていきます。
もちろん色合いや質感を考えながら、隙間もないようにしなければなりません。
積み上げた上に、雌型をかぶせていって、
収まったところで、ひっくり返して、本来の上下に位置にして、
このまま、電気炉の中で、ガラスのピースが溶けて一体になるまで、
高温で焼き上げます。
蓋も同様の方法で作ります。


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小振りな方も、色ガラスのピースが小さくなりますが、
ほぼ同じ方法です。
って、わかっていただけましたか?

まぁー、どうやって作るかはいいですよね。
ぼくらから見れば、大変でも、面倒でも、
作られている神田さんがそう思っていないから、
こうして複雑な作業から生み出される、
素敵なモザイクガラスを手に取ることが出来るのですから。

「大変ですねー」と思わずぼくが発言してしまっても、
「時間はかかってしまって、すみません」と神田さん。
実は、いつも・・・ほぼDM撮影等のときに、
神田さん待ちが多く、そのことを気にされてしまうことに、
受け取られる神田さん。
ははは。

それは別の見方をすれば、
怠けているのではなく、ぎりぎりまで、
納得のいくまで、お仕事しているんです。
制作の景色が、作品が届くたびに、ぼくにも見えてしまい、
そのことに、先に納得関心してしまいますから。

美味しそうな ゼリーのみたいで
ガラスなのに 冷たさがなく
光を とらえて遊ぶ 楽しさをもつ
そんな モザイクガラス箱です
 
                   甘庵

明けるとそこには・・・・ 5

今日ご紹介するのは、片山令子さんの陶箱です。
可愛い表情をもつ陶箱と、手の込んだ練り込み陶箱をご紹介します。

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これは、フクロウをデザインした箱と、
猫ちゃんとデザインした箱です。
ほとんどが無釉でできあがっているために、
可愛らしいデザインですが、子供っぽくなく、
落ち着いた表情に出来上がっています。
轆轤で挽きだした卵形の本体に、
膨張係数のあまり変わらない色の異なる粘土を作り、
それらで作った目や羽や手や耳や尻尾のパーツを丁寧に組み立ててあります。
蓋の向きを変えることでフクロウや猫ちゃんの表情が変わって楽しいですよ。
安定した形ですし、無駄のない轆轤挽きで、
容積もあるので、実用性もしっかり配慮されています。

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こちらは、画像で伝わるか気になるのですが、
白い粘土と、金属分付加して茶になる2種類の粘土を、
何層にも重ねて重しを載せてしっかりくっつけて、
それを細く切って、たくさんの縞柄のパーツにして、
一段ずつずらし、くっつけて、一つにします。
それを、横にスライスした市松模様のタタラ板をつくります。
このタタラ板を、つなぎ目を合わせて円筒形につないで、
同じように作ったタタラ板で、底と蓋を作ります。
うーん、考えただけでも、その面倒さに関心するばかりです。

モザイクや寄せ木細工と同じなので、
はがれないようにすることと、
柄にズレがなく、不自然さを感じさせない気配りが大切です。

練り込みといわれる、やきもの手法です。
手のかかる仕事ですが、片山さんの箱に見る限り、
この手の仕事によくある、これ見よがしの、
「さぁーどうだ、大変だったんだぞー」という、
ニュアンスがありません。
当たり前のようにそこに、市松模様があります。

考えれば当たり前ですが、
蓋をとっても、見込みも、蓋の裏も、
もちろん本体の裏も、全部市松。
ごく自然に、この作品の肌で有ると感じられます。
これは、きっとあの片山さんの「ニコニコの笑顔」にある。
と、解明した思いが、ぼくにはあります。
楽しんでいるんだと思います。
すくなくても、面倒だとか、大変なんて、思っていないと、
そう感じます。

手が自然に動いてこそ、
できる、流れや気配があるからこそ、
技術的には面倒な仕事の作品から、
ゆとりや、豊かさを感じとれるのだと思います。
いつもお話しすることですが、器は作り手の分身です。
この陶箱も、やっぱり片山さんの分身そのものです。

             甘庵

明けるとそこには・・・・ 4

今日は稲垣明子さんの箱をご紹介します。
今年の箱展の中では大きめの箱で、
手のひらいっぱいの大きさです。
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稲垣さんの器のファンの方には、
ちょっと素材感や質感が違って見えるかもしれませんが、
定番のグレーの作品と同じ磁土と、同じ釉薬だそうです。
釉薬の下絵として、陰影や肌を作り出すように、
色つけを、筆で描いています。
あまりに自然ですし、絵の具の金属分が釉薬にとけ込んで、
灰釉の用に見えるところもあって、
実に自然な肌合いと表情に仕上がっています。

この磁土は型鋳込み用の土なので、
水はけが良く > つまりどんどん乾いてしまいます。
そんな土の性格上から、タタラ作りのこの箱は、
薄くのばした板が、作業中にどんどん乾いてひび割れていっているようです。
その土の性格ゆえの表情、マティエールで、
稲垣さんが、ぼくらにこの土の声を聞かせてくれています。

この磁土については前にブログで詳しく書いたので、
気になる方はこのあたりを参考に読んで頂けると嬉しいです。
http://kanan.paslog.jp/article/188466.html

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二つの穴が手掛けになって、蓋をとります。
造形の面白味を、花や実や葉を添えて、
フラワーアレンジメントを楽しんでよいでしょうね。

枝だものだったら、
この穴をそのまま使うほうが、
安定して活けやすいかもしれませんね。

二つの穴から、空気がながれるので、
オブジェを兼ねた香炉に使うのも良いかもしれません。

ほら、箱って「あってもなくてもいい」のですが、
存在感のある箱、綺麗な箱、可愛い箱、感じが好きな箱など・・・。
お気に入りの箱は、小さくても多くても、
暮らしの中にとけ込ませて行く工夫をすることや、
連想したりすることが・・・・、
これが楽しみなんです。

画像を通してですが、
皆さんにも、発想やイメージがわいてくると、
それは楽しみを伝えられたことになるのですが、
さて、いかがだったでしょうか。

                 甘庵

明けるとそこには・・・・ 3 

今日ご紹介の箱は、”匙屋のさかいあつし”さんです。
さかいさんは、匙屋を号しているだけあって、
匙には定評がありますが、
匙と同じくらいに、発想のおもしろさで、
お盆、桝、椅子、看板などと、
さまざまな木工芸の作品と作り出しています。
今年は荻窪「銀花」でも、恒例の企画展の8月にある匙と箸展以外に、
個展の予定を進めています。お楽しみに。

さて、今回の箱です。

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ウォールナッツやクルミなどの木のブロックを、
繊維方向にばりばりって割って、
そのざくざくした面がそのまま合わせになります。
これで一カ所しか、身と蓋が合わないことになります。
この身と蓋をそれぞれ刳ることで、
箱を造形しています。

外側は、拭き漆して木地肌の素材感や木目を引き立てています。
刳った中は、渋い色合いの色漆ですが、
華やかなさが、開けたときの楽しさになっています。

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鍵型や長い箱は、
刳った部分が3つ、2つと分かれています。
このあたりも、開けたときに、なんだか嬉しくなります。
楽しみながら作っていく、
さかいさんという作り手のものつくりのセンスと姿勢が伝わってきます。

長身で飄々とした風貌のさかいあつしさん、
人柄がまたすごくいいんですよ。
穏やかであたたかくて、
まじめなのですが、お茶目でねー。
遙かに年下なのですが、大人の部分もあって、
関心させられることも、ままあります。

"うつわ屋"甘庵のたわいない話を、
いつもにこにこしながら、最高の聞き役になってくれます。
と、同時に、まとめが上手く、しかも前向きなので、
逢って話した後の爽快感は抜群ですよー。
匙屋さかいあつし=なごみ屋さかいあつし でもいいくらい。
ははは。
そんな人柄だからこそ、
さかいさんの木の小箱を、掌のなかに載せて、
そっと手を添えて包み込めば、
木の持つ、ぬくもりのある肌合いと、
シャープに切り取られた造形が伝わります。
蓋を明けるとそこには・・・・
じわっと心に優しさが流れ込んできて、
思わず微笑んでしましそうです。
さかいあつしさんがこの小箱に、
「静かな小箱」と名付けたのを、
大いに納得しています。
         
            甘庵

明けるとそこには・・・・ 2

少し寒波がゆるんだそうですが・・・・。
そうなのー?って感じです。
寒い。
寒波だけなく、年が明けたということは、
また一つ年を重ねたことであり・・・。
寒いのがこたえるのは、年のせいかなー。
とほほ。

さて、箱展の作品ご紹介2日目は、
我が荻窪村在住・・・生まれも育ちも・・・、
生まれは確かではないですが、
育ちは荻窪っていっていいかと。
ともかく、杉並区荻窪○ー○○ー○○の陶芸家「高松直緒」さんです。
このところの箱展には皆勤賞で、功労賞でもあります。
可愛く、求めやすく、さらに、ファンの方々に伺うと、
何かと工夫して使って頂いたり、
プレゼントに使ったりで、
毎年楽しみにしてくださるファンが多いんです。

早速、今年の箱をご紹介しましょう。

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外側はほとんど無釉や、薄目に施釉されていて、
焼きしめられていて、土の質感が良く引き出されています。
内側は施釉してあり、色釉のものもあって、
開けたときに様子が変わるものなどもあり、
ついつい開けるのが楽しくなります。

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このシリーズは高松さんのトレードマーク的なもので、
「とげ箱」と呼んでいます。
化粧土や鉄彩、炭化焼きしめなどの無釉の作品です。
何かの実のようにも見えるおもしろい造形です。
楕円なために、アクセサリーなどの小物入れに使う方や、
食卓に塩を出す器をして使う方などと、
造形が気に入ってからこそ、
今までにお求め頂いた方から、
工夫して使って頂いているお話を聞くのは嬉しいですね。

ほかにも、四角い箱や、少し大きめの物まで、
今年も多彩な作品を見せてくれています。

そうそう、高松さんのアトリエは善福寺川のほとりにあって、
昨年の集中豪雨で被害にあってしまい、
窯はなんとか壊れなかったのですが、
ずいぶん被害を受けれて、気の毒な限りです。
かなり過酷だったその様子をおもしろおかしく、
淡々と他人事のように話すところは、
前向きなだけなく、やはり若い世代の強さとを感じました。
作品も、女性である可愛らしさや、華やかさを、
土っぽい作品でも見せながら、
どこか芯の強いところもみせてくれるので、
飽きのこない存在感があるのだと思います。

    甘庵

明けるとそこには・・・・ 1

昨日から荻窪銀花の2006年の営業が始まりました。
最初の企画は箱展です。
やはりおもしろいです。
少しずつ紹介していきたいと思っています。

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今日は岡田泰さんの木の箱です。
岡田さんは家具の作り手です。
今回の箱展では、様々な材種の木の表情を見せてくれるの同時に、
継ぎ手や仕口といわれる、指物での組み手で、
蓋の開閉を仕掛けてあるものがあります。

つまり、蓋をあけようと、
蓋を持ち上げると、箱全体が持ち上がります。
多くが縦に開けるふたですが、
横方向にずらすように開けます。

それも一方向にだけになっていて、
反対方向にはスライドしません。
正位置に押し込めると、ロックがかかったように、
ぴたっと止まります。
精度の良さが実に気持ちよく仕上がっています。

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上に蓋が開く物と思いこんでいると、
なかなか蓋を開けられず、
説明させていただき、解明すると、
次々試したくなって、全部確認されていくお客様が多く。
「勝ったね」と作り手に変わって、
一人、心の中で勝利宣言をしています。

卵のような形の箱は、檜材です。
こちらは、センターにある心棒が組み位置のガイドと、
ずれない仕口になっています。
檜のような針葉樹は、
年輪の堅いところと柔らかいところの差が激しいく、
逆目もたちやすい材です。
このように、綺麗に平滑に仕上げるのは、
間違いなく、腕前ならではのことです。
手の中ですべすべすると、
とっても心地よい、木の感触を楽しめます。

木が好きで木の仕事に携わっているからこその、
岡田泰さんの、楽しい木の箱です。

                     甘庵

箱のおもしろさ

箱展がはじまりました・・・・が、
寒さのせいや、いろいろあって、
作品が・・・まだ全部あつまりません。

インフルエンザで後日納品の方。
少なからずの雪の影響で午前中到着予定が午後になる方。
開店後に納入してくださる方・・・・など、
それでも、ともかく飾り付けが終えられました。

いやーやはりおもしろいです。
まさに開ける楽しみで、
とりあえず順番に全部開けてみました。

納得の仕上がりや、
意外な構成や、
感心する納まりなど・・・・、
これはやはり手に取って体験して頂きないなー。

それでも出来る限り、
明日から少しずつご紹介していきます。
今日はなんとか、画像をHPの「開催中の催し」のページに、
アップしたいと思っています。

                   甘庵

明けるとそこには・・・

遅まきながら仕事始めです。
PCやちょっと仕事がらみでは、
動いていましたが、店には今日からでました。
といっても、今日は明日からの「2006箱展」の飾り付け準備です。

この「箱展」は手のひらに乗る程度の大きさの箱ばかりを集めた企画なのですが、
箱というテーマには、いくつかのぼくの想いが仕込まれています。
それを曖昧に作り手に伝えることで、
作り手がどう解釈して、広げていってくれるかを、
皆さんと一緒に体験出来るのが、
とても楽しみなんです。

コンセプト 1 あってもなくてもいいけど欲しい物
いつもの荻窪「銀花」の企画は、
ほとんどが、使う目的、使える物が中心の企画展ですが、
この箱は、そうでないと言っていい物と出会う企画展の代表です。
かといって、アートギャラリーではない、荻窪「銀花」ですから、
それでも、使う余地や、使う工夫を楽しみとして残すことを、
作り手にお願いしています。
つまり、箱の素材感質感、デザイン、仕掛け、手に持った心地よさなどから、
何に使うためとかではなく、欲しくなってしまうことを意識してくださいと、
「蓋物ではなく箱です」などと、
作り手に伝えています。
これは、案外奥が深いテーマなんです。

コンセプト 2 掌の中に収まり 懐が痛まず手に入れられる物
大きさ、素材、重さ、そして価格が、
手にしたときに、掌の良さから手の中から棚に戻したくなくなる、
心の宝箱として、手に入れたくなることを、
作り手には、重要な課題として与えています。

コンセプト 3 思わず開けたくなる物
箱は開けるという動作が体験出来ます。
思わず開けたくなるような箱であること、
開けたら作り手がまず1ポイントゲット。
開けたときに、そこに小さくても異空間が出現すると、
お客様は、「・・・・!」と思わず発言。
その発言は、「可愛いー!」でも、「おぉー!」でも、「綺麗!」でも、
何でもいいんです。
これでさらに1ポイントゲット。
意外性や、技術や仕事に関心でもなんでも・・・。
ともかく、開けた時にある仕掛けや意匠を発見した喜びで、
次々箱を開けて行きます。
こうなると、お客様を箱展のトリップに巻き込んでいるわけですが、
同時にここで初めて箱展のコンセプトである、
お客様の開けるという動作で参加していただく企画展が、
成立します。
ちなみに、「箱展」のサブタイトルは「明けるとそこには」です。
年明け一番の企画展として、
開けるを明けるとして、言葉遊びも。

コンセプト 4 作り手として楽しんだ物
昨日まで5日間、作り手が良い翻訳者であるというお話をしましたが、
箱展は、特に良い翻訳者であることが要求されます。
たとえば、やきものなら、粘土や釉薬や焼成を土遊び火遊びととらえられること、
木工なら、木の持つ特性を引き出したり、指物の仕掛けと見せたり、
他の素材でも、素材の持つおもしろみや、作る過程を想わせたりと、
作り手の遊びの楽しさにお客様を巻き込んでいく力をもつ箱を、
見せて欲しいとお願いしています。

手に保ち=話したくない>持って帰る=買う>OK
明けて=意外性や開ける楽しみを発見出来る異空間の存在>OK
占めて=蓋を閉じたときに心の宝物として他の人に開けさせたくなくなる>持って帰る>買う>OK
と、なるような箱を作って欲しいという、
荻窪「銀花」の店主の初夢を願っております。

                                甘庵

器と話す 5 作り手は翻訳者

昨日まで、やきものや吹きガラスや漆器の声を聞くお話をしました。
それそれの素材から出来た"うつわ"の声を、
ぼくらに聞こえるように、
翻訳してくれるのが作り手です。

良い作り手は良い翻訳者です。
良い"うつわ"は、使っていると素材の質感を楽しめます。
心地の良い器は、良い翻訳と言って良いでしょう。
良い翻訳者である作り手が、素材の語りを上手く訳して、
ぼくらに判りやすく伝えてくれているからです。

使うことで、作り手の作る楽しみや疑似体験ができます。
粘土が轆轤でぐんぐん伸びて形作られる様子や、
高温の窯の中で変化する窯変をかいま見れたり、
坩堝のなかで溶けたのガラスがステンレスのパイプに巻き取られ、
固まっていってしまう前にリズミカルに形作られる様や、
緊張と静寂感を丁寧に何度も何度も塗り込めていき、
奥深く艶やかで潤んだ質感を作り出す行程を感じ取れたり、
"うつわ"には作り手の優れた匠の技があります。
それは、まさに翻訳家として際だつところです。
ぼくらは、"うつわ"を使うことで色々な声が聞こえ、見えてきます。
使えば使うほど、その良さがにじみだし、
"うつわ"からの声がはっきりと聞こえてくる、
そんな良い翻訳の"うつわ"は、飽きることなく、
長く楽しい食卓を生み出し、暮らしに豊かさを提供してくれます。

さあ、みなさんは"うつわ"からどんな声が聞こえてくることでしょうか。

                   甘庵

器と話す 4 漆器の声

器と話すテーマの4回目の今日は、
漆の声を聞くお話です。
漆器を使う機会の多いお正月に、
使われた方も多かったことでしょう。
その漆へは誤解されがちですので、
何度かお話してきたことですが、
改めての整理するつもりで読んでください。

漆器の声
普通漆器は、ロクロで挽きだした木地に漆を塗り上げたものをいいます。
漆器にイメージすることの多くは、その潤沢な表情への憧憬と、
高級なもの、普段使いではなく特別な時に使うもの、
扱いや後始末が面倒・・・などと、
普段も漆器をつかっている庶民のぼくからすれば、
それらの誤解は、まるで怪奇ロマン伝説のように感じます。

確かに漆器の持つ表情は塗装の中では、
最上級のものといって間違いないと思います。
と、同時に、性能でも最上級です。
ただ、あくまでも、塗装であること、
また他の工芸の器とは違い、素地は有機物な木で、
そこに有機塗料の漆を塗った、有機的な器だと言う点です。

例えば、洗い方を考えるときに、
洗車と比べて考えていただければ、わかり安いでしょう。
どんな高級車でも、美しく保つために洗うのと同じに考えてください。
漆器を洗うときは、使った後の汚れをのこさないという点で、
中性洗剤をつけてきちんと洗い、良く濯いでいでください。
気遣いはただ、愛車と同じです。
硬いものでは洗わない、こすらないと言うのは鉄則です。
良質でも塗装面は柔らかいからです。

でもこの有機的な柔らかいという事が、強い塗装の条件です。
漆器は「漆がはじめにありき」ではなく、
「木の器がはじめにありき」なのです。
木と言う素材が好きなぼくらが、木を丈夫に長く使えるために、
一番丈夫になる塗料だった漆という素材を選んだのです。
軽くて断熱性のある木と、木の樹液である漆との相性は抜群です。
漆自体は、古くは縄文時代から、
縄文土器の漏れ止めや装飾として使われていましたが(陶胎漆器と同じです)、
器としては、木との抜群の相性で出来た漆器が一番だったようです。
漆という塗料は、木の呼吸を止めずに、
四季の変化で動く木地に、柔らかいからこそ追従して、
ヒビが入ったり剥げたりはしにくい、丈夫な塗料なのです。

木は乾燥や過剰な熱には弱いですし、燃えます。
中身が木だと言うことを忘れなければ、
あまり神経質になる必要はありません。
しかも、乾いた漆は熱にも強く、灰皿などのも使わた歴史からも、タバコの直火でもたえられます。
二つに鋳込んだお茶の釜などの接着に使われ、
直火で湯を湧かすのにも問題なく耐えるほどです。
こんな漆を塗った漆器なのですから、
熱いおみそ汁を食べる椀として、耐熱性や保温性の良く、
木との相性の良いタッグの漆器は本領を発揮します。

口当たりの柔らで、手にしたときの漆器の肌合いは、
他にはない心地良さの器です。
木という有機的な素材を、
木との語りから最適の「木どり」して、木地轆轤で引き出し、
鑿やカンナで削りだしたり、刳りだしたり、
あるいは、指物と言う技術で組んで作り出した木の素地に、
漆という天然の塗料を、塗っては研いでまた塗るという作業を何度も何度も繰り返して、
あの滑らかな肌合いに仕上げて行く作り手の愛情溢れる手間が、
長く飽きの来ない漆器を作り出しています。
この素晴らしい木の素地に漆を塗装して作られたjapan(漆器)を、
ぼくらの文化として誇りの思いながら、
暖かいおみそ汁を暖かいまま頂きながら、
漆器の語る声を聞き取りましょう。

              甘庵

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テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

器と話す 3 ガラスの声

今日は「吹きガラスの声」のお話です。
夏の器の代表ですが、空調が整った現代では、
自然と一年中身近で使う器になりました。

ガラスも、やきものと同様に身近な器の素材です。
器ばかりか、お酒や醤油といった液体や食品を詰める瓶や、
建築や車や電車の窓ガラスや、電球や蛍光灯などや、
プラスティックが多くなりましたがカメラや眼鏡のなど光学レンズ、
断熱材などに使われるグラスファイバー、
ファイバースコープや通信用ケーブルまで、広い範囲でつかわれています。

歴史も古く、紀元25世紀まではたどれるようです。
初めは、装飾用かお守りか、今でいうトンボ玉のような小さく不透明のものでした。
はじめに中空の器が出来るのは、コアガラスという方法で、
粘土などの芯にガラスを巻いて形作り冷めた後に芯の粘土をかき出して作ります。
その後紀元前後にローマンガラスという吹きガラスの原形が出来上がり、
器を作るのに適した技法として、世界中に広がっていきました。
現代でのガラス工芸の器は、ほとんどこの吹きガラスの手法で作られています。
酸化しにくくガラスに色をつけないステンレスのパイプに溶けたガラスを巻き取り、
息を吹き込み膨らませて形作ります。
装飾も様々な方法が好みで加えられます。

ガラスは人工の素材で、作り手の好みや意志が反映しやすく、
色がある素地も、無色透明な素地も、作り手によって選ばれていて様々です。
この素地自体に、まず、ガラスの語りがあります。
ガラスは固まって固体なのですが、
物理的にいう、液体が結晶して固まった固体ではなく、
液体のまま結晶化しないで、液体の姿のまま固まっているために、
それぞれの色や濁りや澄んだ質感と見て取れます。
形も含めてそれが熱く溶けた液体だったこと、
そこに息を吹き込み巧みな技で形作られた事を、思い描いてみてください。
様々の好みの素地と、作り手の特徴のある形と相まって、
様々なガラス器がつくられます。

やきものが、粘土で形作って、釉薬をかけて、
苦難のともいうべき高い温度で焼かれて、姿を生み出すのとは異なり、
同じような高温で水飴か蜂蜜のように溶けたガラスを、
それが固まっていってしまうまえの、わずかな時の間に、
すぐれた匠の技で、使い易さを満たした器の姿を生みだし、装飾も加えます。
まさに熱い仕事なので、ホットワークといわれます。
冷たい飲み物が入って結露したグラスが、
熱く溶けたドロドロの液体から形作られたのことを想像しながら、飲み干すのも、
不思議な感覚ではないでしょうか。
滑らかで有機的な吹きガラスのフォルムを、眺め透かして、
有機的な感触の掌(たなごころ)という、
手に納まり心地を楽しみながら、グラスの語りに耳を澄ましてみてください。
きっとガラスの声が聞こえて来るはずですよ。

明日は、「漆器の声」の聞き方をお話します。

           甘庵

器と話す 2 やきものの声

今日は、一番身近で多く知識を持っているはずの、
「やきもの声」の聞くための基本の心得をお話します。
材料は「粘土」と言われる耐火性のある粘りのある土を、
手で形づくり、あるいは型に押し込み、更に、ロクロの技術を使い、形作ります。
これは、普通粘土と言われる土の持つ可塑性が、
(力を加えて変形させて、その力をゆるめても変わった形がそのまま残る性質のことです)
形作ることを自由にしています。

土ものと言われる陶器、せっ器は、掘り出した粘土でつくります。
そのために「土もの」といわれます。
石ものといわれる磁器は少し違い、石を細かく砕き、粉にしたものを基本の素材にして調整しています。
通常は粘土よりは挽きにくく、独特の技術がいります。
ロクロという道具とそれを使いこなす技術があってこそ成り立ちます。
土ものでも石ものでも、いずれにしても、可塑性のある粘土という状態でこそ、様々な形が作り出されます。
また、ロクロや型があってこそ、量産されて、器として身近なものになりました。

やきものは古くから使われていても、
初めは無釉(釉薬のかからないもの)でしたが、
時代と共に、様々な釉薬が開発導入されていき、
江戸初期には現在見られるほとんどの作風や手法が確立されていました。
当時は茶人などの限られた特権階級の人々のものだった器が、
ご理解さえ頂ければ、身近で使えるという、恵まれた現状になっています。
しかし、それに気づかずに、あるいは、器からの語りが聞こえにくいのか、
限られた種類の、あるいは大きな声で語る器のみを使う方が多いのは残念です。
とくに土ものは弱いとか、チップ(縁などがすこしだけ欠けてしまうこと)しやすいという、
磁器に比べれば、素材の持つ堅さが少なく、色が変わって行く様を良しとしていただけないと、
土ものの語りは心地の良い物とは言えないかもしれません。
でもここに、侘び寂びといわれる和の美意識の代表が存在し、
毎日の食卓でも楽しめる事だと、見直して戴きたいと強く思います。

一方磁器は、使うことで表情が変りにくいという良さをもっています。
磁土は陶土より重いので、通常は薄目に仕上げるのが約束です。
ところが陶土より挽きにくいために、薄く仕上げるの伝統的な技術が必要です。
この薄くて、ひずみのない形状や、汚れず透明感のある質感が、
それが磁器良品の標準として定着したまま、
時代へ背景とともに、鋳込み(型物)、機械ロクロなどの量産と姿を変えていきました。
その量も多いために、磁器=量産をイメージする方も多いようです。
それでも近年は、磁器の産地以外での作り手や、
手の後を残した、温かみのある磁器を作る作り手が増えて来ているは、嬉しいことです。

やきものは、陶器でも磁器でも、作り方や、性質の多少の差や特徴がそれぞれにあっても、
おおよそは粘土という形状の可塑性のあるもので作り出しています。
そのために、やきものの器から聞こえる声は、まずこう語っています。

それが柔らかな瑞々しい肌合いの粘土をロクロという技術や、
タタラという粘土の板にして型から姿を写したり、
板を組み立てたりと、柔らかく自由になる性質の可塑性を上手く使って、形が作られます。
そのことを想いながら、器を使い、お茶を飲んだり、
料理を盛りつけると、器との楽しい会話出来ると思っています。

素材の粘土には、土ものほっくり焼けた陶器や、
かちっとざっくりした土肌のせっ器や、
光りにかざすと光りが通る滑らかな生地の磁器とか、
器一つずつの違う顔つきがまた楽しいものです。
そんなやきものの声は、やはり手で作られた"うつわ"の方が、
きっと聞こえてくるはずです。
お気に入りの"うつわ"の声に、耳を傾けてください。

明日は、「吹きガラスの声」をお話します。
      
甘庵
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