うつわ屋のつぶやき

うつわ好きの甘庵が、やきもの・吹きガラス・漆器などの、四季折々の身近な和食器を使う楽しさをお伝えします。荻窪銀花で催される企画展の器をご紹介し、使い方から、作り方、作り手のことなど、毎日お伝えします。

本物と偽物と価格

工芸ギャラリーと営んでいて、
思い悩む日々のうちに、四半世紀が経ちました。
"うつわ屋"と自称するぼくですから、
やきもの、吹きガラス、漆器などの器が商い品の主力です。
それに加えて、それぞれの作り手の手を借りて、
器とおなじように、暮らし全般で使われる道具までを提案させて頂いています。

器でも暮らしの道具でも使っていただいてこそ、
初めて良さをご理解いただけるのですから、
常に使うことを大きく意識しています。
その時に、価格は大変重要な要素になります。
それを意識して構成しているつもりですが、
手仕事の仕上がりや仕立てからか、
高いと言われたり思われると、とても辛いです。
その価値を感じていただけないと、とても悲しいです。

ぼく店で紹介するものは、アートではないのですが、
かといって雑貨や量産の器でもないです。
それを表すのに「工芸」や「工芸品」という言葉をあてています。
これはもともと「アーツ&クラフト」の直訳と聞いたことがあります。
明治以降、直訳の言葉に漢字表現が多くなっていった気がします。
その当時には、きっと新鮮で力のある言葉で、
それらを受け入れ、当時の消費や社会の中で生き生きとしていたのでしょう。
でも、今は時により「死語」になったり、
あるいは、おしゃれでない言葉・・・。
若い方には「ダサイ」や「うざったい」と感じられてしまうかもしれませんね。

ぼくが、会話やブログの中で、器を「うつわ」と開いて表記したり、
工芸や工芸品を、言い回しをかえて「手仕事の・・」と置き換えているのも、
言葉からでもすこし、近づいて見て頂けたら、
少し時間をかけて触れて頂けたら、
見えなかった魅力や、うつわや、道具の語る言葉が聞こえてくるのでは、
ないかと、ささやかな期待をしています。
20代30代の方々にお尋ねしたいと思っています。
皆さんの普段の言葉で受け取りやすい、
うつわや工芸に変わる良い言葉はないものでしょうか。

言葉だけでなく、"うつわ屋"の仕事や、
工芸品が「死語」であり「古い」と「遅れている」と、
そう感じられているのかもしれないとさえ感じています。
手で作られた器などの魅力を、感じとることや、
実物を見切れていないのではないかなーと、
雑誌や書籍では、たくさんの情報がありながら、
現物に触れたり見たりする環境が少なくなっていて、
いきなりでは、理解しにくくなっている方も多いのではないでしょうか。
まずは触れて、見ていただき、
やはり、選んで使わなければ、
「絵に描いた餅」
いえ「グラビアの和食器」です。

カタログに載るようなブランド品なら、
それが本物か偽物かわかります。
好みのブランドの選択もしやすいのでしょう。
価格も、購買意欲をそそりやすく、
商品魅力に引き合っていて、
わかり安いと思います。

その点、器や工芸品は、
価格と分かりやすい魅力がリンクしていなのかもしれませんね。
いえ、ちゃんとしているのですが、
それを解いたり、納得するのに、
選ぶ人の感性によるところが多く、
正解は一つでは無いという点が、
より話を難しくしてしまっているのでしょうね。
そんなときにこそ、橋渡しのぼくらの力が役立つのでしょう。
でも、なかなか、その点もご理解頂にくい点になっているかな。
うーん、確かにぼくなどは、「頑固オヤジ」系、
あるいは「意地悪爺」系ですから・・・。
やっぱりここは、某ハンバーガーチェーン店のように、
「スマイル」を忘れずに・・・・・。
誰だ「それかえってキビが悪い」って・・・・。
いいですよ。
なるべくキモイって言われない程度に、
優しく微笑むようにしますから・・・・。

    甘庵

乞うと仕掛けをごらんあれ!

実は・・・・もうひとつのぼくの仕事に、建築の設計があります。
特に住宅の設計が好きで、楽しみながらやらせていただいております。
そのために、住いにかかわる部品を、
工芸の作り手にお願いすることがあったり、
「住いには、こんなものが欲しい」という気持ちから作り手に、
いろいろな提案もしてきました。

それらのなかでも、好評なのが、 今回企画展の照明器具、あかりです。
このあかりは、空間や、周りのものを演出するだけでなく、
あかり自体が、存在感を持ち個性のあふれるものばかりです。
それらの多くが異材種の混合から出来ています。

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鉄や真鍮や銅といった、金属とガラス。陶器とガラス。
これらの、組み合わせの面白みが、このあかりの、趣になっています。
シェードのガラスは、吹きガラスで作られ。
泡の輝きや陰影が、空間に立体感を描き出すもの。
乳白色にくるまれた柔らかな光りで、広がりを作るもの。
色ガラスの中に手の込んだ蜻蛉玉を仕込んで文様にした楽しくもの。
描きだされたグラビールの線が、異国に思いをはせらすもの。
シェードそれぞれの個性は、光が灯されることで、
いっそうの輝きを見せて、光の演出を楽しませてくれます。
台やパーツに使われる、金属も、それぞれにあわせて、手で作られています。

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金属は、メッキや塗装を施さずに、
素材が持っている肌合いを大切にして作られます。
打ち出して作られたもの、腐食させて紋様を描き出したもの、
錆び付けや焼き付けで侘び深い表情を作ったものなど、
へら絞りという職人技術で作られたシンプルなもの。
どれをとっても作り手の、匂いが込めらています。

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こうして組み合わされたあかりには、
量産品では出し得ない、手の暖かみと、存在感があります。
この中に、私たちがわすれがちな、
手の仕事だけがつくり出す仕掛けが入っています。
この仕掛は、使う程に暮らしの中に、溶け出してきて、染み渡ります。
この仕掛けが溶け出した部屋には、心地よさが広がります。
ただ、この仕掛けは、刺激的な強さを持っていないので、
楽しむためには、少しだけ、静かで穏やかな、心のゆとりがいるかのも知れません。
忙しさに追われがちな生活の中で、この仕掛けを味わうために、
こんな時の広がりを、意識するのも、たまには、良いのではないでしょうか。 

                       甘庵


テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

温かな”あかり”

あかり展では、シリカ電球(E26)やミニ球(E17)の白熱灯が、
20灯以上いつもより多く点灯します。
昨日は、点灯したときに銀花がいつもと違う、
落ち着いた気配の時空が出来上がるお話をしましが、
もう一つ違う効果があります。

平均を40Wとしても、20灯では、
40W×20=800W
実際には、ペンダントなど、60Wや100Wもあるので、
ほぼ1000Wに近い白熱灯が約九畳の展示室点灯。
元から、白熱灯のスポット照明も8灯あるので・・・、
暖かい。
ほんわか、良い感じで暖かいんですよ。
たとえば、ぼくの自室は7畳ぐらいで、
100Wのペンダント、40Wと25Wのスタンド程度で、
明るさは十分ですから、
これは通常の空間ではあまり遭遇しない空間ですけどね。

今日も、9時前に店に来て、
少し事務仕事してから今ブログ書いていますが、
気づいたら、エアコンいれていません。
荻窪は晴れていて気温もそう低くはありませんが、
それでも、6-7度ではないかと・・・・。
やはり、あかり暖房ですね。

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白熱灯は、最近の照明器具で主流の蛍光灯に比べて、
この熱になってしまう分が、非能率的ではあります。
それでも、この温かさな”あかり”は、
室温だけでなく、心まで和ませ暖かくしてくれます。
陰影が作り出す空間は、
昨日の記事へいただいた、お二人のコメントに共通してあるように、
”時の流れ方”まで変わってきます。
いいえ、正確にはそこで過ごすぼくらの心を、
穏やかに暖かく包むための、心が解かれて、
ゆったりするためにそう感じるのでしょう。

今日もこの居心地良すぎる時空でも、
零細"うつわ屋"の危機感を忘れないようにして、
仕事に精を出しましょう。

            甘庵

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"うつわ屋"が変身~

今日からあかり展を開催している荻窪「銀花」です。
恒例になっている企画ですが、毎年思います。

冴えない店内の気配がまるでかわります。
企画展のテーマそのものです。
(あかりのなかでも、主はかわえらず・・・冴えてません)

「あかりを灯すと広がりが・・・
 手仕事の技が競演する照明器具を灯すと、
 いつもの部屋に新しい広がりが浮かび上がります。
 スタンド、ペンダント、燭台など。」

本当に同じ空間なのに陰影が出来ることで、
空間の質までもが変わってしまう気がします。

オーバーにいえば、舞台照明ですね。
器も、この空間だと実に表情がなまめかしんです。
さらに、質感も陰影がある光だと、
より素材の魅力が浮かび上がる気がします。
フォルムも立体感が強調されて、
鑑賞の楽しみがまします。

強いて問題点をあげるなら、
ぼく個人として、自分の居間と同じような空間になってきて、
すっかりくつろいでしまい、
木のベンチで、お茶ばかりしてしまう傾向が・・・・。
いえ、この点はお客さんがたくさんお見えになれば、
お相手をするのですぐに解消できますが・・・。
うーん、すっかりくつろぐことのないように、
いっぱい見に来てくださるといいなー。

さてとー、くつろいでばかりはいられません。
顧客の皆様にお知らせメールが出せるように、
”開催中の催し物”のページを書き換えないと・・・・。
*お知らせメールご希望のかたはお気軽に思うしでください。
ginka@netlaputa.ne.jp まで。

まずは撮影から・・・・。
ごく一部だけですが、こんな感じです。

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甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

あるじの様子と店の風情

あるじのぼくは四半期も店を店を続けながら、
いつまでたっても素人くさい対応です。
それでも由としてくださるお客様は、
きっとぼくと馬が合うのだと思います。
いや、心が広いだけかな…。

普段店では、お客様が入ってこられたときに、
「いらっしゃいませと」お迎えはするのですが・・・、
どうも何年やっていても、照れくさいというか慣れなくての、
小さい声になりがちですが、お声をおかけしています。
でも、その前にお客さまから、「こんにちは」と、
ご挨拶をいただいてしまうことの方がとても多いです。
ありがたいことです。

店としての風情も、ばりばりのギャラリーって感じより、
日常に近い形で、器に出会う場所で良いって思ってています。
ですから、かっこよくレイアウトも、していませんし、
ピンスポットで展示品って言うような感じでもありません。

それは、店ではまず品定めをしていただけて、
出会った器がお客さまの元へ行って、
使われているときに一番輝くのが、
ベストだと思っているからです。

そのために、普段の荻窪銀花の照明は蛍光灯と白熱灯の混合です。
その銀花が明日からはちょっと好い風情になります。
あかりあ展だから、蛍光灯は消して、空間を生みだす照明器具がいっせいに灯されます。

いつもと風情が違うからでしょう。カフェと間違って入っていらっしゃるお客様が、開催中必ず数人…ははは。

あるじの方はグレードアップしませんが、
店内はしっとりした気配の空間になるので、
ぜひ覗きにきてください。

甘庵

繋がり

人と人の繋がりの大切さを、
歳をともに感じて来ています。
せっかく人と出会えても、
縁を繋ぐことが出来ずにすぎていってしまうこともあれば、
気がつくと、あたりまえのように親しくしていただいていることもあります。

それはきっと相性みたいな物が大きく作用しているのでしょうが、
それに加えて、受け取れる側の懐の大きさっていうのか、
許せる範囲が大きいと、時間とともに、互いに感じ入ったり、
認め会えたり出来てきたりすることもあるようです。
これは、物や味や音楽などにもあるようですね。

器にも、この相性があり、
時の経過で、好みが変わったりすることもあります。
同時に、器は作り手の分身といっていいので、
作り手との相性や繋がりもあるようです。

一人の作り手の器が好んで使って頂いているお客さまが、
時間が経った後に、初めて作り手に会ったときに、
不思議なほど相性があったり、お客様にとっても思いの外、違和感のない、
まるで前から知っているような気さえしますと、
伺ったことが、何度もあります。
これは、器が人と人を繋いでくれているのでしょう。

人と人の繋がりを大切にする気持ちでいたいとは思って、
まだまだ、大人になりきれず、
分不相応な、わがままやえり好みをしているぼくですので、
少しは改善していかないと行けないと、つくづく感じては・・・います。
でもね・・・。
なかなか大人になりきれません。
反省です。
                  甘庵

福を招く

今日は縁起の良いお話でいきましょう。
まず道楽かん工房さんの招き猫です。

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大きい方は張り子で、人を呼び、お金を集めるということで、
手の上げ方が違いますね。
しかも、鯛を抱えて恵比寿さまと、打ち出の小槌で大黒さまを、
思わせるコスチュームですね。ダブルラッキー。
小さい方は土人形にも大きな福が書かれています。
どちらも胡粉(ごふん)の下地に顔彩で彩色してあります。
華やかな色なのに、しっとり落ち着いていて、懐かしさがあります。

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こちらは、干支の戌ですが、
大きい方は張り子で「招き戌」仕立てになっています。
上下着て、末広の口上書きには、
「ようこそ ようこそ」とあります。
中ぐらいのは「福」と書いた末広(験を担いで扇をそう呼びますよね)をもっています。
小さい方は、土人形ですがその表情はいかにもハッピーです。


ぼくは、こんな縁起かざりを、節句の飾りと同じように結構楽しんでいるんです。
たぶんかなりの日本人が、軽い気持ちで、
出勤前に星占いをみて、神社に初詣して、チャペルで結婚式をあげ、
供養では仏様を拝む・・・・・。
宝船の乗る七福神などは、世界の神様の盛り合わせ。
あまり深く考えることなく、願ったり拝んだりしてしまう。
これは、ぼくら日本人のほとんどが、多神教とはいわないまでも、
八百万の神の世界までたどれる、
日本の風土に関わるのかなー?

よく解釈すれば、良い方向に受け取れることは、
何でもOKっていうノリなのではないかなー。
いわゆる「縁起をかつぐ」や「験かつぎ」という感じで、
こうすると良いことあるとか、
こうするのは良くないっていう、
根拠のそうないものでも、
新しい風習や習慣イベントになり、 
それを楽しめるところが、ある意味では、
楽しく暮らす部分の遊びとして受け入れる気持ちのゆとりなのでしょうね。

関西からはやり出した「恵方巻き」は、
食品メーカーあたりの仕掛けに、大手コンビニがのって流行だしたとか聞いた。
バレンタインディは、もちろんチョコメーカーで、
ホワイトディはキャンディ屋さんたちの団体が仕掛け人とか。
こうなると、零細企業の銀花も一大ブームになるような何かを仕掛けたいなー。

たとえば・・・・、
誕生日にマグカップを使いはじめといい年になる。
題して「ハッピーマグ」ってどっかで聞いたような・・・まぁーいいか。

好きな人に毎日使ってもらえる器を贈ると良縁になる「縁器」とか。

掌の良い飯碗でご飯を食べると幸せになれる「ハッピーワン」って軽いかな。

木と漆だけで作った椀を使うと健やかに暮らせる「健やかわん」!

吹きガラスのタンブラーで酒を楽しんで呑むと悪酔いしない・・・、
いや貴族の気分で呑める、「ドン・グラス」(呑む;音読みはドン=貴族の称号)

といった前向きなキャッチコピーはどうかな?

使い方や、身の回りで起きることでも出来そう。
茶碗や湯飲みやマグなど、いつも自分が使う器が割れたら、
身代わりになって災難をよけてくれた。
器を水や湯にくぐらせてから使うと良い嫁(あるいは婿:男女家事均等)になれる。
注ぐ前三回深呼吸して注ぐと体に良いお茶が点てられる。
急須の茶葉の浮気は浮気性になる。

どれも、甘庵のいい加減な発想のように思えるかもしれませんが、
"うつわ屋甘庵"としては、まじにお奨めしたい方法や、想いで、
結構本気のことばかりですよ。
暮らしを前向きにとらえていくための標語みたいなものでも、
それをとらえれる側の心意気しだいではないかな。
心のゆとりをもった暮らしかたを、
面倒くさがらずこなす“きっかけ”になる、
ノウハウの詰まったキャッチコピーにはなりそうに思えます。

また長くなって、本題から随分ずれてしまった。
えーと、今日はその縁起かつぎのアイテムのお話でした。
身近に飾ったり、身の回りにおいたときに、
なんだか嬉しく楽しくなるものをご紹介しました。
少なくても毎日みているだけで、心がハッピーになるって思います。

                    甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

あかりと陰影 1

あかり(このブログの中では、照明器具全般をそう呼びます)には、
陰影も大切です。
明るいだけの影のない空間を作り出す無粋な照明器具は、
住宅の中には要りません。
って、いきなり暴言です。
たしかに、台所や水回りや、場合によっては書斎などの、働く空間には、
お好みで、作業能率のために選択されることもあるでしょう。

でも、心をくつろがせて、豊かにする空間には、
影を作り出すあかりが必要です。
食事を美味しく食べるには、白熱灯の温かな色を持つひかりが必要です。
音楽を聴いたり、お酒やお茶を楽しむときにも、
スッキリ見えたとしても、フラットな影のない蛍光灯のあかりより、
白熱灯などのフィラメントが発光するを電球のあかりの方が、
陰影を作り出し、空間に広がりを浮かび出させて、
くつろぎの空間を演出してくれます。

ぼくのところで提案している照明は、白熱灯やミニ球を活かすデザインと、
工夫がされていて、陰影のある空間を作り出す照明器具です。
これらの照明のシェイドは、ペンダントもスタンドも、
吹きガラスで作り出された物です。
ガラスのシェードは手入れが楽で、いつまでも綺麗に保てます。
輝きと、点灯したときの柔らかな色合いは、アクリルなどの樹脂系では、
出し得ない魅力です。
構成するパーツも、銅のキャプ、支え金物、陶器のボディと、
それぞれの作り手たちから生み出された物で、
それぞれの個性を引き出し合い、高め合い、競演しています。

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明るさを求めて、照明器具が変化進歩して明るさが増大したことが、
この百年のあかりの歴史です。
油を灯心で灯す行灯(あんどん)などから、
ガラスの火屋(ほや)のランプへ変わりました。
さらに、今も使っている、安全で明るいフィラメント電球が発明され、
戦後には蛍光灯が使われるようになりました。

能率が良く明るくなることが、豊かさの象徴だったと言ってよいでしょう。
インバータの蛍光灯のように部屋の隅々まで明るく影を作らないのは、
仕事の能率を上げるのには向いているけれど、
くつろいだり心の緊張をほぐす空間のあかりには、
必要な明るさと同時に、陰影を生み出すあかりの方が、
演出効果があるとおもいます。
もちろん、あかり自体が美しくあって欲しいですよね。

次回は、あかりの色についてお話します。

                甘庵

あかり 灯すと広がりが・・・

銀花ではあさって2月21日(火)までは「四季をめでる人形展」を、
開催していますが、22日、23日の模様替えなどのお休みのあと、
24日から、提案する企画展として続けている
「あかり 灯すと広がりが 展」が始まります。

普段の催しや商いの中心の"うつわ"は、
使うことで暮らしを心豊かなるアイテムであることを、
いつもコンセプトとして選んだり、提案させて頂いています。
この提案は、"うつわ"の枠をはずしても、
いつもぼくの心の中心です。
それは、今回の「四季をめでる人形展」でも、
次回の「あかり 灯すと広がりが 展」でも同じ気持ちです。
では、"うつわ屋"が何故「あかり=照明器具」かというと、
うつわ>食べる>美味しく食べる
と、"うつわ"が食材や料理の脇役として大変重要なように、
住まい>暮らす>心豊かに暮らす
と、いう暮らしには住まいという住空間が必要です。

狭い日本での、とくに都市部での住空間は、
なかなか広さの面などで、心地よく暮らす工夫が必要だったりします。
そんな住空間に"うつわ屋"が提案出来るものの一つとして、
「あかり」があります。

カタログやショップに様々「あかり」が存在して、
物質的には豊かなのですが・・・・、
物足りないというあなただったら、
きっと気に入っていただける「あかり」があると思います。
機能と明るさだけの追求ではなく、
心を落ち着かせる
食材が美味しく食べれる
物の陰影が見える
そんな「あかり」を提案しています。

では、"うつわ屋"の提案する「あかり」はどんな「あかり」か、
ちょっとお話します。
まず、光源は白熱電球です。
素材は、金属、ガラス、やきものなどです。
数年で飽きてしまったり、汚くなってしまうということのない素材。
また、金属などは、メッキをしない、
時間とともに、侘びていく表情をねらっています。
はじめから錆び付けを施してあるものもあります。
シェードは、簡単にはずれること。
吹きガラスなどで、洗うことが綺麗になり、
変色や退色や傷で、暗くなって行かないこと。

陰のもくろみとしては、
数十年後にも粗大ゴミではなく、
アンチークとして価値を見いだせるものでありたいと、
思って企画提案しています。

ここで一つスタンドをご紹介してみます。

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荻窪銀花オリジナルのスタンドです。
シェードは吹きガラスで一つずつ吹いて作り出すので一つずつ形は違います。
こちらは、巳亦敬一さんのオレンジ色がかったものです。
金口のキャップは内繁樹さんの銅打ち出しです。銅鍋などと同じ作り方です。
フレームのパイプと、へら絞りのベースは、メッキをしない真鍮です。
シンプルで飽きの来ないデザインです。
シェードは簡単に取り外せて 洗うことでいつまでも綺麗に保てます
E17のクリア電球 最大40Wまでです。
高さが40cm、真鍮のベースが径18cmです。
価格はこのタイプで29000円です。
シェードのはずしかたの画像はこちらをごらんください。
http://www.netlaputa.ne.jp/%7Eginka/shop_index..html#stand

あかりは、"うつわ"よりいっそう、下手っぴぃーな写真では、
わかりにくいの、銀花でご覧いただくのが一番なんですが・・・。
お近くの方はぜひ見に来てください。
まさに「百聞は一見にしかず」ですので。

                    甘庵

愛くるしい五月人形

五月人形はおひな様に比べて、
どうしても出番が少ないらしい。
人形は女の子の方が距離が近いのかな。

ぼくも・・・・・50年以上前になるけど、
5月人形として、鍾馗さまを買ってもらったのかな・・・、
確かにあったと思う。
というか、記憶が確かなのは、
ちゃんと剣が抜けて、それをぼろぼろにしてしまった記憶と、
髪の毛はかわいそうに、ウィグが必要な状況。
着物は、何故か泥シミやかぎ裂きが・・・・。
たぶん、4歳下の弟との協同作業の結果かと。
いずれにしても、怒られました・・・・。
だって、髪の長い、男柄の地味な錦をまとった鍾馗様は、
ほとんどホームレスのお仲間のように・・・・。

むしろ楽しかったという記憶が濃いのは、
大きな鯉のぼりや吹き流しを、じいちゃんと朝掲げて、
夕方に降ろしした記憶。
それが、毎日だったのか、天気のせいだったのかは、
いまいち曖昧ですが、
今のような、強い合繊ではなかったのでしょう。
急な雨で降ろした記憶もおぼろげにありますね。

その鯉のぼりを、客間だったのか、
とりあえず、取り込んであるところで、
鯉のぼりの腹の中にはいて、
遊んだ覚えがありますね。
弟もまねする・・・。
これも、当然親に怒られた・・・・。

今銀花でご覧いれている五月人形は、
楽しい姿で、微笑んでしまいます。
今日は道楽かん工房真鍋さんの、
張り子や土人形でつくられたものをご紹介します。
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桃太郎さんやお供や鬼。
金太郎さんや熊やウサギ・・・。
旗を掲げたり、こん棒や張り子でできた鯉を持ってます。
いくつか並べて、パレードみたいにすると、
なんだか、話し声や会話が聞こえて来そう。

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これは同じ桃太郎さんの誕生姿ですが、
大きい方は張り子で、小さい方は土人形。
元気に見開かれたお目々がいいですよね。

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まさかり担いだ金太郎~♪
と聞こえて来そうな・・聞こえる・・・・違う、
無意識にぼくが歌っていた。ヤバイ・・・。
これは張り子で作られた人気の熊乗り金太郎。

張り子や土人形ですから、
作りやすく、壊れにくくと考えて、
複雑な造形ではないのですが、
そこは、現代彫刻を続けて来た真鍋さん。
しっかりした造形で省くものは省くことで、
むしろ、愛くるしさを増しているとことは、さすがですね。

                  甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

しっとりした華やかさのおひな様

さかいゆきみ さんは、やきもので人形を作る作り手です。
その範疇は広くて、関節の動くドールの洋の人形から、
おひな様や福助などの和の人形までつくられます。
今回は、さりげない造形と、手の込んだ物をみせてくれました。

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これは、長い人気のシリーズで、
一見、石のように見えますが、やきものです。
釉薬をかけずに、焼いて色つけや金彩を施してあります。
小さい方は高さ3.5cmほどの豆雛です。
大きい方はおにぎり雛という名のとおり、
6cmちょっとで、ちょうどおにぎりぐらいの大きさです。

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こちらは、伝統的な安産などのお守りの犬筥(いぬはこ)です。
2匹でペアで、箱をあけると、
おまけに、一組の小さなおひな様が入っています。
鶴亀や松の絵付けなど、大変丁寧な絵付けで、
伝統的な和の美しさを感じとれます。

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おひな様ではないのですが、
これも人気の福助兄弟のシリーズです。
なんだか縁起良い感じしますよね。
ぼくの年だと、自然なテーマで、
古くさく感じてしまったりするのですが、
若い方には新鮮なのでしょう。
つれて帰っていただきますね。

さかいさんの陶人形は、釉薬をかけないために、
和の人形にあう、ほどよい華やかさに彩色されていて、
しっとりとした色合いの人形になっています。
これじつは、やはり、さかいさんの分身ってことです。
しばらくご無沙汰してお目にかかっていませんが、
さかいさんご自身が、大変、物静かで、穏やかで、しっとりした方ですから、
人形たちを見ている方がさかいさんに逢うことがあれば、、
きっと、なるほど・・・って、思うことでしょう。

              甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

憎めない異形異相

さて、心臓の弱い方や、
グロテスクな物が苦手な方は、
今日の画像を見ないように。

今日ご紹介する人形は、
凄いですよー。
怖いですよー。
シュールですよー。
でも、憎めないんです。

その姿形は、この世の物とは思えない・・・。
でも、人の心を形態化したようにぼくには見えます。
四天王や不動明王に踏みしだかれている、
あまのじゃくや、餓鬼たちは、
人の心の醜さを表しているようですが、
でも、厳格な導きの上では、煩悩として、
あくまでも、良くない、好ましくないこととして、
分かりやすく表現しているのだと思います。

でも、そんな人間くさい、ちょっと不良な心は、
だれでも持っているもの。
そんな気持ちや、感情を生で形にしてみると、
こんな風になるのかなーって。
そんな風に眺めています。
って、どんなイメージで作り出しているかは、
作者の光藤佐さんには伺っていませんが・・・。

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このトリオ。
それぞれに、自己主張が強く、
争うように唾をとばして嘆き訴えている・・・・。

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こちらは、なんだか不満そう。
気むずかしそうな顔で、ぶつぶつ・・・・。

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これでもおひな様。
可愛いばかりがおひな様ではないぞーって。
いえ、作者はとうぜん可愛いって思っているんですよ。

そうそう、それで思いだした。
光藤さんの奥様も、藤田さんの奥様も、
美しく可愛いと漏れ聞いています。
これ先の話の上で大切。まずお伝えしておきます。
で、ある時、藤田さんが
「おひな様を作くりました」
「そう、可愛いのでないとお嫁に行きにくいよ」
「はい、えらく可愛くできまして、光藤にも可愛いーっていわれまして・・・」
ちょっといやな予感。
うーん・・・・・・とってもユニークでした。
「銀花ではもらい手いましたか・・・・」
「なんだよ、自信あるっていっていたじゃん」
「そうだったんですが・・・京都の店に自信持ってたくさん送ったら、
全部出戻ってきました・・・」
「まぁー銀花では、なんとか嫁にいったよ」
「へぇー、そうでっかー」
「おいおい」

そのおひな様はたらこ唇で、内裏様より一回り大きく、
内裏様は心なし品祖で、ちょっと、びくついた表情。
「よめさんに、えらく嫌がられましてね・・・・『うちがこんなだとおもわれるじゃん』って」
と、納得しない様子。なるほど・・・・・。
まぁー、光藤さん藤田さんの、おひな様の可愛いの基準も、
50歩100歩のようですね。

画像を見た人は、寝る前にはトイレにいってから、
うなされないように寝てくださいね。
この画像は自動的に・・・・は消滅しません。
見たための結果に関しては、
当ブログでは一切関知いたしません。
あしからず。

                  甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

春日の自転車

今日はうららかな春日でした。
所用で、バス停+3駅+バス停4ぐらいのところに出かけたのですが、
暖かくなるという予報だったので、
自転車で出かけました。
所用時間は、直線距離で行けば、
たぶん半分で済むとふんで、
時間の節約もあったのですが、
最近の運動不足には、往復12-3kmの距離は、
ちょっと足りませんが・・・・。
それでも、ちょっとムキになって走ったので、
結構汗ばみました。

なるべく幹線道路より、
住宅街を抜けていくと、
もう一つの思惑どおり・・・。
春の花、木々が楽しめました。

梅、ろうばいなどの木々の花、
ガーデニングを楽しまれているお家の草花。
花の香りに混じって、なんとなく春らしい香りも。
公園の雑木も芽が随分ふくらんで、
赤みが差しているものも。

温かさに誘われて、
中高年のカップルや、
おじいちゃんおばあちゃん達のそぞろ歩きの散策組を、
何組もお見かけしました。
歩く人々も、コートなしに軽やかに歩いていましたね。

そんな景色に春を感じで、
休日のミニサイクリングで、
気持ちも軽やかになって、戻ってきました。

                甘庵

猫好きの陶芸家が作った猫

高松奈緒さんは荻窪育ち荻窪在住の作り手です。
いわばご近所の陶芸家。
工房が昨年夏の大雨で溢れた善福寺川沿いにあり、
気の毒に洪水被害にあって、しっかり浸水しでしまったんですよ。

そんな高松さんが、今回猫を作ってきてくれました。
「重い重い」といいながら、体に似合わない大荷物の抱えていると、
自分の買い物をさしおいてでも買い込んできた愛猫の餌だったりします。
そんな様子を何度か目にしていて、高松さんが猫を可愛がっていたのは、
前からわかっていましたが・・・・。
その甲斐あってか・・・・?
いえ、愛情溢れる観察眼で眺めていたのでしょう。
こんな作品を作って来てくれました。

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大漁船に乗る猫君の顔つきにしても、小道具にしても、
ウイット、ユーモアあって、
ふざけているけど、品格も感じられる。
ぼくは猫派ではないけど、
このシリーズの作品はすごく気に入っています。

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「猫踏んじゃった♪を弾いているです」っていう、
高松さんという作り手のキャラそのままかもって・・・・。
小柄で可愛い顔していて、年より若く見えます。
(どう、奈緒さん、良いこと書いているでしょう。
えっ?じゃー実は年なんだ!って。いえそうではなく・・・・)
でも・・・・、なかなか口が悪いっていうか、
辛口で・・・すごくいいんですよ。
(これは、ぼく的には奈緒さんの素敵な・・・チャーミングな・・、
ともかく魅力の部分と・・・思っているんですよ。フォローになってないかなー)
そのギャップも、根がまじめで、きちんとしている点と、
明るく、気さくなところが、
いやみになったり、意地悪くは感じられないという、
そんなキャラです。
(ああー、怒られそうかなー)

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ともかくキャラならではのこのシリーズで、個展やったらとそそのかしていたんです。
すこし、風刺画的な、テーマを決めての、
群の作品にするともっとおもしろいのではないかなー。
「猫百態」って感じかな。

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そういば、個展の時に来ていた光藤さんが写真撮りにおいてあった、
この魚に乗る猫みて、「かわいい」っていっていたから、
メルヘン的な可愛いという意味以外の、
光藤モードのフィルターでも引っかかる、
物も持っているのだと思います。
(光藤モードについては後日作品とともに紹介しますが、
かなり、好き嫌いでるハードな作品なんですよ)
その光藤佐さんも猫フリークで3匹飼っている猫ちゃんを、
「上の子が」「真ん中の子はね・・・」「下の子は・・」と、
愛猫家ぶりは言葉の節々から伺われます。

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お利口そうな君は何を思慮しているの?
満腹顔の君のごちそうなんだったのかな?
どこか、物語性が感じられる人形ですね。

                 甘庵

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春を感じる節句

四季のある日本の美しい暮らし方を、
気軽に取り入れて、節句ごとのアイテムを飾る習慣として、
おひなさま、五月人形、鯉のぼり、七夕飾りなどがあります。
どれも、楽しく、どこかわくわくする物です。
子供の頃は、無邪気に楽しみに出来たのに、
大人になるにつれて、ゆとりある心を持てても、
なかなか、億劫になりがちですが、
出来れば、大切にしていきたい習慣ですね。

節句は五節句といって、五つあるそうです。
中国から伝わったのだから、
縁起のいい奇数のぞろ目だろうって思っていました。
5月5日の端午の節句。
7月7日の七夕の節句。
9月9日の重陽の節句。
は、それっぽいフレーズ。
でも、3月3日の雛祭りは、なんという節句だろう?
桃の節句というくだけた名称でではなく、
きっと他にあるのだろうと、
調べてみました。
上巳(じょうし)と言うそうです。
うーん、桃の節句の方がやっぱり響きがいいかな。

それに、もう一つある節句はいつ?
いつで、なんと言うか知っていましたか?
これも調べてみました。
1月7日の人日(じんじつ)と言うそうです。
これ七草粥の日ですね。節句なんですね。

面倒くさいことはおいておいて、
季節の節目として、上手く暮らしに取り入れて、
楽しい暮らしの演出、習慣として伝えていければ良いですよね。

宵節句生まれのぼく個人としては、身近に感じることもあり、
春を感じる節句の上巳の節句=ひな祭りが好きです。

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本来の旧暦だと4月になるから、
まさに桃花盛りのころで、桃の節句の雛祭りは、
春の訪れを実感できる祭りと言う意味もあってか、  
華やかさという意味では、一番ではないでしょうか。
新暦のひな祭りは、春を呼ぶ祭りって感じます。
大人になっても雛は祭りは楽しみたいもの。
男のばかりで育ったぼくには、
おひなさまには憧憬の感があります。

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あまり大げさでにならずに、
身の回りのちょっとしたスペースに
ささやかでも、春を感じるしつらえすると、
どこか心和むものです。
そこで毎年銀花でも作り手たちに、
小さなおひなさまを作ってもらっています。
そんな時にちょうど良いサイズのおひなさま。
内裏さまが並んで手のひらに乗る程度までの大きさで、
小さい物は、小指の頭ほどです。
品のあるお皿の乗せて、可愛い器に雛あられ。
そんな“しつらえ”ひとつで、
ほら、春が感じられます。

           甘庵

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新しい素材でもおひなさま

可愛いくてもの凄く小さな動物たちを作ってくれたのは、
店とは駅を挟んで反対側で仕事をしている、
きのした あや さんです。

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これはあまりに小さいので、
そばに虫眼鏡をおいてあります。
径2cm高さ2.5cmの宙吹きガラスの瓶は、
お友たちにお願いした特注品。
その中に、お米粒から小豆よりちょっと小さいくらいの動物が、
ペアで入っています。
ウサギ、ワンちゃん、フクロウ、小鳥、パンダ・・・が、
ペアで入っていて、おひな様仕立て。
虫眼鏡で覗くと、みんな笑顔をこちらに向けてくれています。
どうやってつくったんだー。

人形の素材は、もの凄くきめの細かな粘土状の樹脂で、
粘土細工の要領で形作って、
オーブン程度の温度で焼くと、硬化して固まるそうです。

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こちらは、陶器で作られたひな壇(高さ5.5cm)に、
仲の良さそうな猫のおひなさまが寄り添っています。


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これも、綺麗な釉だまりの上に、
眠る猫がいるシリーズです。
気持ちよさそうに寝ている猫ちゃんたちの表情は、
のんびりとした、長閑さにあふれています。

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きめの細かい素材と、素材を生かす技があって、
こんなに小さな人形の細工ができるのです。
こんなに小さな人形でも、表情や動きがあるのは、
作り手の”きのした あや” さんが、
動物への豊かな愛情を持っていることと、
楽しみながら作っているからだということが、
虫眼鏡の向から、しっかり伝わってきます。

                    甘庵

張り子のおひなさま

身に回りの空間に、季節の花や飾り物があるだけで、
忙しさを一時忘れられ、暮らしになごみを与えてくれます。
今回の企画のテーマは、気持ちを大切にして、
季節を楽しみ、愛でるきっかけになるアイテムとしての人形を、
やきもの、ガラス、張り子などの素材で作っていただきました。

素材と作り手の感性から表現された小さな人形たちが、
様々な表情の味わいを見せてくれます。

昨日は二つのガラスのおひなさまをご紹介しました。
今日もおひなさまですが、張り子のおひなさまをご紹介します。

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道楽かん工房真鍋芳生さん張り子のおひな様です。
手間のかかる、伝統的な方法で作られています。
型の上に何枚も和紙を貼り重ねていき、
乾燥させてから二つの割って、型からはずして、
テープ状の和紙でつなぎ合わせて元に戻し、
胡粉で下地を作り、その上に岩絵の具や顔彩や墨で、
彩色されています。
和の絵の具は、わくわくする季節感を呼び起こしますが、
華やかな赤や朱や黄でも、何故か、
渋い器などと一緒にしつらえても、違和感がありません。

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真鍋さんはもともと現代彫刻を勉強されていて、
いまでも、様々な素材に触れることを楽しみ制作しています。
その中でこそ、真鍋さんの和紙という素材のとらえ方が、
ぼくにはとても好ましくて、惹かれます。
また、型から作る張り子は、型が大変重要な力を持ってきます。
このときにも、伝統的であり品格を持ちながらも、
どこか、新しく新鮮な息吹を感じさせてくれる、
それが真鍋さんの張り子の魅力だと思っています。

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そうそう、それと忘れてならないのが、
色遣いのうまさで惹きつけると同時に、「顔」です。
「顔が命です」という有名なコピーは実に的を得ています。
張り子ですから、かなりデフォルメされた形に、
選ばれた色遣いで彩色されて、動きが見えてきます。
そこに、品格のある顔立ちが、存在感と「命」を与えています。

20年以上作られているおひなさまもあれば、
次から次へと、新しいおひなさまを生み出していくのも、
エネルギーの固まりみたいな真鍋さんらしさそのものです。

              甘庵

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ガラスのおひな様

こんな時間になってしまった。
いつも午前中に書くようにしているブログですが、
今日は「季節をめでる人形展」という企画展の初日で、
細かい人形がいっぱいで飾り付けの手間取ったり、
そうそうの問い合わせに、画像付きで返事をお送りしたり、
毎回企画展の催しの物会場をご覧いただけるHPの画像加工など、
今回は今現在で、46カット載っています。
明日入荷の分と、あさって入荷の分が追加で載る予定です。
まぁーそれでいつもの用に50枚ちょっとになるでしょか。
老眼でしょぼしょぼやっているので、
時間かかってしまって。
やっと画像だけは加工してアップしたところです。
寸法と価格は、明日にさせてもらおう。
(このページをご覧になりたい方は、荻窪銀花ginka@netlaputa.ne.jpまで)

で、その中から少しご紹介。
今日は、二人の作り手によるガラスのおひなさまをご紹介します。
はじめに、炉の中で型に仕込んだガラスを溶かして作りだす、
神田正之さんのおひな様です。

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店内の照明でも、光を受けて集めて、
中から光りがわき出ているように見えます。
窓辺においたら、春光を受けてさぞや綺麗でしょうね。

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こちらは、普段吹きガラスの器を作っている渡辺俊介さんの、
ホットワークのおひな様です。
色ガラスの吹き玉にガラスをたっぷり巻き取って、形作ってあります。
レンズの用に向こう側の色と光を屈折させて、
おもしろい景色を生み出します。

それそれに魅力的で、どちらも光を楽しむおひなさまです。
同じガラスでも作り方と作り手が違うことで、
全く違う表情を見せてくれています。

                 甘庵

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季節を愛でる

明日からの企画展は、荻窪「銀花」には珍しく、
器ではなく、四季折々、暮らしの中で楽しむ人形や置物を集めてみました。
おひな様、干支人形、五月人形、招き猫、猫や犬などの動物など、
縁起ものであったり、小さな彫刻であったり、暮らしの中でほっとするアイテムを、
集めてみました。

ただ、そこは"うつわ屋"のこと、
可愛い姿のあいだに、ちょとひねった物や、
苦笑してしまう物まで・・・。

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明日から、また少しずつご紹介していきますね。

                  甘庵

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春嬉し花粉恐し

去年は杉花粉量の近年になく多かったために、
花粉症になってしまった方が多かったようですね。
今年は杉花粉の飛来が少ないという予想ですが、
それでも、飛ばない訳ではないので、
もう既に敏感な方は、晴れて暖かいと嬉し反面、
なんだか鼻がむずむず・・・目や耳の中がかゆい・・・。
と、悲鳴を上げ始めていますね。

ぼくもご多分に漏れず・・・・、
そう、いまや、花粉症は当たり前のようになっていますよね。
でも、ぼくが自分が花粉症と意識したのは、
大学卒業の頃か、出てすぐの頃だったと思います。
当時は、やっと花粉症が認知されたというか、
一般的に言葉として通じはじめて、
そのときにはじめて、「杉花粉でかゆいんだー」と自覚したので、
実はその数年前からむずむずはしていたような・・・。
いずれにしても、三十数年前のことで、
年期は入っていますね。

それでも、ぼくは、そう重傷にはならず、
おおかたは、テッシュの消費量が増える程度で済んでいました。
それでも、一番辛かったときは、
図面描きで、徹夜が続いた頃ですね。
やはり、疲れや睡眠不足はいけないのかなー。

夜中に興が乗って来て夢中になったときに、
トレーシングペーパーに鼻水落としてはいけないので、
ティッシュを丸め出鼻に詰めたりして・・・・。
それも、完全に入れちゃうと、取り出しにくいので、
コヨリにして詰めて、残りは鼻からしっかり出ている。
誰も見てないからいいのですがね・・・。
いやーひどい有様で、人が見たら大受けか、
異形に引いてしまうかでしょう。
トイレにいって手を洗うとき、
鏡に写る自分を見てギョッとしたもの。

そんな辛い数年があったのですが・・・・。
何故かこの10年ぐらい、徐々に軽くなっているみたいです。
とくにここ数年は、そうひどく辛いって言うことが無くなってきています。
去年の花粉の豊作?っていわないか。
大量飛散といわれていても、
少しはむずむずするなーぐらいで、
過ごしてしまいました。

一時は鼻水をかみすぎて、
鼻が真っ赤になったり、炎症であれてしまったりしていたのが、
まるで嘘のようです。
一応は客商売なので、そうそう、見苦しい姿では困るので、
本当に助かっています。

でも、どうなのでしょう?
そういうことってあるのでしょうか?
あまり周りにいないのですけど、
それに、30年40年という、キャリアの人も、
周りに少ないからわからないのかな。
まだ現役ばりばりの花粉症の方ばかりだからなー。
そんな皆さんは、これからの季節自己防衛などで、
がんばりましょうね。

                   甘庵

「草」の器は遊び心で

光藤さん個展の最終日の今日。
荻窪村も昨夜の冷たい雨が深夜から雪に変わって、
早朝には、木々や人の歩かないところは白化粧されていました。
それも、どんどん解けては来ているので、
店に出来てきた9時過ぎには、
雪かきの必要はありませんでした。

さて、今日は「草」にあたる器のお話です。
定番の器にも、単品の器にも、「草」の気配は見えます。

たとえば、定番になっている「粉引鉢」のシリーズ。
柔らかさを感じさせる轆轤挽きから生まれる全体に丸みあるフォルム、
外側に返して、重くすることなくボリュームを持たせた口作りや、
緩やかに歪ませて、楕円にするところは、
「草」のキーワードである「くずす」を、
さりげなく、デザインの中にとりいれています。

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同じ粉引の平鉢ですが、
こちらの口は内側に返されて欠けにくくしています。
平たいフォルムと薄造りな分、
口が掛けやすいことを、ご自分で料理をすることもあって、
意識していてのことでしょう。
その口を、2カ所わずかに内側に押して歪ませてあります。
くずしながらも、実は「ふくべ」(ひょうたん)の姿にしています。

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高台のない、「糸じり」と呼ばれる形の底に仕立てた、
「ゆのみ」のシリーズがあります。
轆轤から挽き上がった器を切り離す時に、
ゆっくり回ったろくろに糸をあてて引きます。
その糸の残した軌跡を面白味として珍重するのは、
「茶入れ」で知られていますが。
そのまま残す以上は、無駄な厚みがあると、
重いだけの器になること、
切り離した後に、あまり削るようではいけません。
調整の程度です。
轆轤引きのみずみずしさや、スピード感が味わい器です。
実は大変テクニックがいることなのです。
轆轤挽いて、糸で切り離して、それでもう完成という。
手慣れていないと出来ない仕事で、
同時に、手抜きの安直な雑器にも見られた仕事です。
茶入れの例も同じで、そこに格と品をもちこめれば、
いきなり侘び寂びの想いが整うわけです。
これはまさに「草」の姿です。
ごくごく日常的なボウル型で、しかも高台がない分、
くだけた姿として、多目的にも使われるゆのみは、
「草」の心意気でつくられています。

他にも黒釉と灰釉を大胆に掛け分けられた、
「朝鮮唐津」などは、綺麗寂び的な「草」を感じます。

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柔らかなうちに指で歪めて鳶口をつけた大鉢も、
くずしながらも、品格を失っていない、
むしろ歪めることで、凛とした力を感じさせています。

お話してきてた「真」「行」「草」の振り分けは、
ぼくの個人的は見方のこじつけに近い物ですが、
光藤さんが轆轤に向かい器を作り出すときには、
土と語りながらフォルムを挽きだしいて、
その時には、釉掛けも、焼成も・・・・焼き上がり、
料理が盛られるところまでを、
シュミレーションしていると思っています。
作り手光藤さんにとっては、
土遊び、お絵かき、火遊び・・・・の計画なのでしょう。
遊び心にあふれた楽しい仕事に違いありません。
同時にそこには、真摯なものつくりの姿勢があります。
だからこそ、品と格を持ち合わせた器が生み出されます。
後は受け取ったぼくらが、品と格をもちながら、
いかに遊んで使うかですね。

                    甘庵

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「行」の器は日常使いのスパースター

昨日の続きですが、光藤さんの器で「行」に当たる仕事は、
黒釉の仕事に多くみられます。
さりげなく、しっかりした轆轤技から生まれた、
落ち着いた姿の中に、ぼくには私たちの普段の食卓と、
重なるところを多く感じます。

古くは和洋折衷というような、
日常の食卓で、お米の・・・・ご飯を食べながら、
惣菜に混じり、自然にカタカナのメニューが、
それも、洋、中、だけでなく、エスニック・・・・。
アジアンテーストのメニューも含まれたりします。
そんな日常の食卓のメニューに似合う器だと思えます。

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黒釉八寸皿(=24cm 1寸は約3cmと思ってください)は、
刺身を盛りつけても、
カレーやパスタを食べでも、トンカツにキャベツでも、
ハンバーグにポテトサラダでも・・・。
麻婆豆腐でも、酢豚でも・・・。
サンドイッチでも唐揚げでも、
ローストビーフでも、ステーキでも・・・。
底面が平らなので、24cmプレートとしてでも、
少し立ち上がりがあるので、ソースや煮汁にも対応できます。
非常に日常使いのフォルムです。
でも同時に、非常に品のある黒釉なので、
ちょっとおすましして盛りつけると、
ハレの器にも、変身~。

お使い頂いているお客さまが、
おせちを盛りつけて、大変好評だったそうで、
「品のある黒釉で、きりりとした盛りつけに仕上がりました」
と、言って頂きました。
でも、普段はカレーやパスタにフル活躍だそうです。

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同様に、黒釉八角鉢のシリーズは、
大きさが色々あり、今回は、
5.5寸、6.5寸、8寸がきていて、
ちょうど入れ子になります。
それもあって、毎年の個展で一つずつサイズ違いをお求めいただいて、
お使いになる方が多いですね。
メニューや分量似合わせて選んでつかうそうです。
もちろん、料理の映りが良く、盛り映えがして、
見込みの丸さも、盛りつけしやすく、使い安いと評判の、
長く作り続けていただいている、ベストセラーの器ですね。

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片口のシリーズも大きさを色々作ってくださるので、
家族数や、使い勝手から選び安い構成になっています。
片口鉢なのですが、浅めの片口としえご利用になる方もいらっしゃいます。
用の美の、代表でもある片口は、
崩すことなく作られていても、
通常は注ぎ口を、向かって左側にして、
しつらえるのが約束です。
ちょうどおかしら付きの魚の頭を、
左にして皿の盛りつけるといっしょですね。
これで、片口には、客付き(きゃくつき=正面)という、
方向が自然とできます。
つまりアンシンメトリー(左右が非対称系)になります。
この左右が対称系でないものが、
どうも、ぼくたち日本人には心地良いことのようです。
その話はまた長くなるので、違った機会にお話ししましょう。

こんな風に、黒釉の器はどれも、
さりげなく自然なフォルムでいて、
堅くなく、かといって、くずしてもいない。
まさに「行」の器で、日常使いのなかでは、
スパースターです。
幅広いスタンスの器ですね。

              甘庵

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「真」の器は轆轤挽きの心意気

今日の光藤さんのお話は、すこしまじめにお話します。

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この白磁の碗は、実になんでもない、
よくありそうな、深めの碗です。
土物の作品に比べて、衒いも、遊びも少ないフォルムです。
素地も釉薬も、静かな表情を見せています。

少しくすんだ青みがかった様子の肌合いは、
真っ白な素地の磁器より、
温かみや、懐かしさや、重量感を覚えます。

書体に、「真・行・草」というものがあります。
なんでも、王 義之という偉大な書家が、確立したそうですが、
格式の高い「真」と、格式を解いた「草」と、
二つの中間の「行」だそうです。
この、三体は日本文化の中に良く当てはめられています。
絵画、建築、芸能と、もちろん、茶の湯の中でも、
道具や作法にいたるまで、大きな影響を与えています。

さて、その意味で、
ぼくは、光藤さんの器を並べたとき、
「真・行・草」の三体を意識して見てしまいます。
この白磁のシリーズには「真」が見えます。

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シャープで速い回転の轆轤の勢いを秘めながら、
ぶれのない、揺るぎない姿は、
静かさの中に、緊張感のあるエネルギーを感じます。
この轆轤を挽くときの、光藤さんの心意気が、
間合いをつかんだ、息づかいとともに伝わってきます。

光藤さんが中学を出てすぐに、
定時制高校に通いながら、訓練校を出て、
京都の轆轤場で働いていたことを書きましたが、
ティーンエージャーで轆轤を仕事として、
毎日挽いていたことが、
光藤さんの大きな力、技となり、
大切な財産になっていると思います。
轆轤師としての技術は、決められた形を狂うことなく、
たくさん、早く挽くことといっても間違いではありません。
その技術を、若くして習得した光藤さんです。

ただ、いくら技があっても、ぶれのない轆轤を挽けても、
「真」のフォルムが挽けることにはなりません。
「真」とは、格式の高さ、品を兼ね備えてならなければなりません。
その意味で、美しくデザインされて、精巧に作られても、
型で作られた器には、品があっても、格は見いだしにくいものです。
「真」の器には、作り出す人の心意気が必要かと思います。

心静かに轆轤に向かい、
間合いをとって、磁土への敬意をもって、
無理なく延ばし、穏やかに広げていく、
そして美しさに到達した瞬間を読み取り、
手を止める。
卓越した舞のように、動きに無駄はありません。
流れるように轆轤を挽きます。

光藤さんの白磁の器から、
ぼくには、そんな光景が見えてきます。

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そして、こんな轆轤を挽けるからこそ、
くずした「草」の轆轤も挽けるのです。
草<侘び寂び<土物が成立するには、
「真」の轆轤があって、それをくずしてはじめて、
「草」の轆轤があると、思っています。

                 甘庵

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コメントランキングの飛躍的な伸び!!

今朝起きていつものように、ランキングのチェック。
おおぉおー・・・・。
な、なんと、"うつわ屋のつぶやき"がコメントランキングで18位!!
信じられない。
アクセスランキングがお陰様でランキングすることが多くなり、
すごく良いタイミングの時に、50番台に昇ったことが一度あったけど・・・・。
コメントランキングで・・・・こんなに上位に上がるなんてー。
みなさんありがとうー。

今まででは、自称モバイラーの光藤さんが、
携帯からコメント書こうとして、空コメント送信。
数文字書いて・・送信。
2行書いて送信。
三通目で一応完結。
でも、これでカウントが3になり、
ぼくが返事のコメント書いて4通。
やはり良いタイミングだったのでしょう。
初めてコメントランキングに入りました。
光藤さんの不手際・・・・いえ、ご本人によれば、想定内。
いえ、これはもう死語になりつつあるので、
「計算通り」と。

デーリーランキングですので、
ブログ"うつわ屋のつぶやき"にとって、
まさに、立春大吉と言うことになりました。

店でもお客様や、遠方からHPを見てご注文や問い合わせをいただくと、
ブログを読んでますよと、声を掛けていただいたり、
コメント欄に書いてくださる方が増えてきました。

工芸が大好きなだけの至らない店主の、
勝手なつぶやきに、耳を傾けてくださる方。
質問やご意見をくださる方。
「そんなに言うんなら見に行ってやろう」とご来店くださる方。
「では、試しに使ってみてみましょう」と注文をくださる方。
本当に、感謝です。

昨年の5月から丸9ヶ月で255本。
これで256本目です。
怠け者のぼくがここまで続けられてきたのは、
やはり皆さんのおかげです。
大好きな工芸の楽しさやすばらしさを、
少しでも多くの人に、お知らせしたい。
誤解や違うかなーと思うことなどを、お知らせしたい。
そんな、どちらかと言えば一方的な思いで始めましたが・・・・。
だんだん、伝えたい気持ちは一緒でも、
書きたい気持ちや、エネルギーは皆さんからいただくことが多くなりました。
みなさんのお声や、メールや、コメントや、アクセスカウントや、ランキングの順位などから
ブログの向こう側に、ちゃんと読んでくださっている、
皆さんの、お気持ちや、意見や、反応を確認出来てきて、
それが大きな後押しになったきました。

本当に感謝です。

昨日何年もメールしているけど、
逢ったこともないメル友がウエブ上に書き続けている日記を、
ちょっとしたヒントで全く違うHNなのに見つけて、
読み戻って(日記なので過去に進んでいっちゃう・・・)
メル友のまた違った面を見ると同時に、
とてもおもしろかったので、そのことをメールしたら、
「はじめ堅かった書き方が、だんだん書くこつ見つけてきて・・・
 かんさんのブログもだんだん変わってきている・・・・」
うーん、確かに・・・・・ちゃんと読んでくれているんだー。
良く変わっているのだといいのですが、
確かに変わってきているのは、
読んでくださる皆さんがいるという、ありがたさが、
伝えたい気持ちや、伝え方>書き方などが、
変わってきているのでしょう。

それが、良い方向に進んでいき、
みなさんに"うつわ屋のつぶやき"を支持して頂きつづけるように、
いっそうがんばりたいと、気持ちも新たにしました。

あらためて、ほんとうに、感謝です。

                      甘庵

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焼きたての天然物ですよー

光藤さんのお住まいはなかなか環境のよいところで、
鹿などの大型動物が生息するところです。
一昨年の暮れに今のところに移られましたが、
前のお住まいは、さらに・・・・熊、イノシシ出現も日常茶飯事で、
まぁーご近所のおじさんおばさん並のようですよ。

その分、天然物の鮎などは有名だそうです。
食べてみたいものですねー光藤さん。
スッポンでもウナギでもいいなー。

そんな良い環境は冬は冬らしく・・・。
雪も大判振る舞い。特に今年はね。
住まいをM1で工房はM2って遊んで言う光藤さんから、
月末に来たメールには、
「なんと京都のガス隊がM2アタックを決めたらしく!
木曜以降は吹雪くとよんだらしい・・・・」
とあったけど、無事踏破したのだろうか?

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そんな光藤さんは、近年のやきものの作り手が安定した入手に苦労している、
灰を、安定して楽に手に入れています。
それはご自身も、周りの友人知人たちにも、
薪ストーブと使う方が多いからです。
その意味では、やきものには良い環境といえますね。

やきものは、おおざっぱに言って、土と釉と焼きですね。

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つち=杯土=粘土
光藤さんは、一部ですが掘ることありますが、
原土や、調整した土や、磁土などをつかっています。
プロが掘り出し調整はしていても、
これは天然に多くゆだねるところが多いです。

釉=釉薬=うわぐすり
釉は、ご自分で配合していますが、
あえて、量産の物のように複雑に調合していません。
その分安定度は下がるでしょう。
でも、整えながら焼けば、
色むらや、窯変や、窯ごとのばらつきはあっても、
それだからこそのおもしろさ、趣があります。

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焼き=焼成=やき
光藤さんのメインの窯はガスを燃料に使っています。
ガス隊が納めてくれるのはブタンガスです。
食器の作り手としては、還元炎でしっかりと焼きしめて焼きたいものです。
土ややきものの種類によって選ぶにしても、
ガス窯か、灯油窯の方が使いやすいでしょうね。
もちろん、電気でもLPガスなどで、還元をかけられます。
都心部など、近隣が多いところでは、
電気窯がご近所との諍いが生まれにくいかもしれませんね。
いずれにしても、還元ししっかり焼ききった器が、
ぼくは好きですね。

やきものは、土遊びをして、
ままごと遊びみたいに、灰や泥や石の粉を、
混ぜたり、溶いたり、掛けたり、描いたりして、
それを火遊びして出来上がります。

遊び道具はすべて、その気になれば、
山などで手に入るものですが、
それはなかなか・・・現代では多くの問題を起こすので、
プロの手を借りて調達せざるを得ません。
それだからこそ、釉薬の調合の主役である灰は大切です。

光藤さんはお話ししたような、
地元あるいは、自家製の紛れもない天然物の灰で、
釉薬を調整しています。
って、観光地の蕎麦の売り込みコピーみたいですね。
でも、そんな感じですね。
良い環境だからこその、手に入りやすい灰があってこその、
光藤さんの、柔らかで温かみのある釉調の器があります。
天然物の灰で作られた釉と、
天然に近い焼き方(ゆーっくりと焼いています)が、
美味しい・・・いえ、美味しそうな器を生み出しています。
そうなんです。
天然物の器なんですよ。

天然ぼけが入り始めた店主 甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

糖芸家Mの料理の腕前

今回の光藤さんの企画展のタイトルは、
「光藤佐 盛り映えのする器 展」です。
いままでは、すっきりと、あるいは地味にさりげなく仕立てていました。
最近企画展のタイトルに、押しつけがましく、
あるいはギリギリの売り文句や、キャッチコピーなどを、
組み込んだサブタイトルを付けています。

それは、雑誌や単行本の「誰が言ったのそんなこと」から、
「それは違うんじゃないー」まで、
ぶつぶつ言いたくなることが多くて・・・・。
でも、"零細うつわ屋"では、抗議の場所も、
発表の場もあまりありません。
せめて、DMやHPでの企画展のタイトルに、
作り手は恥ずかしがるかもしれなくても、
橋渡し商いをするぼくが、ぼくの責任で言い放つのは、
本当にそう思うこと、嘘をつかないのだから、
恥じることはないぞーって、
なるべく大きな声で言い切ろうと、
心を入れ替え増した。

さてそこで、今回の光藤さんのキーワード「盛り映え」について少し・・・。
ああーだれだー「少しっていいながら、また長いんだろうなー」って。
いやー、なるべく短くとは思っていても、
少ない言葉で明確に表現するのは、
大変な文章力が必要ですが、
いかんせんぼくは、舌足らずな文章しか書けずに、
ついついくどく長くなってしまいます。
お許しください。

そうそう、長くなっちゃうね。
えーと・・・・。
光藤さんの器は、姿形は轆轤のうまさや、
シンプルでいながら、ちょっとアンティークな趣や、
重厚さがあります。
でも、絵柄や、釉の色合いなどは、渋めで控えめ。

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これは、盛りつけて初めて器が完成した姿になることを、
念頭に置いて作っているからです。
実際、使わせてもらっている器に、
手も掛けられず、料理の腕前もたかがしれている我が家の料理も、
美味しそうに見えます。器に助けられるです。
つまり、盛り映えのする器です。

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光藤さんの、器作りのうまさはここらあたりにもあります。
これは、光藤さんの陰の努力があるからなんですよ、
器作りを進めて行くうちに、器と料理の関係を早くから気づいて、
そのために、京都時代に、友人になった割烹料理店に、
「お金いらないから、手伝わせて欲しい」と、
料理のイロハを本格的にマスターしたそうです。
ああー先日この話を確認したら、
ちょと、にたつきながら小さな声で、
「結局お金もらっちゃいましてけどね・・・」と光藤氏。
「なーんだ、もらわない方がブログの話としてはいいのになー」とぼく。

まぁー、そんな器作りの陰の修行があってこそ、
盛り映えのする器が確率されているようです。

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そうそう、光藤さんの料理の腕前ですが、
ぼく自身がごちそうになったのは、
鯛の作りと、アラで出汁をとった鍋です。
はい、とても美味しかってですよ。
外は雪ががんがん降っていました。
うーん懐かしいなー。
また食べに行きたいなー、光藤さん。

去年伺ったお話では、
釣り仲間と、海ではなく地元の川でなにか・・・・と、
仕掛けを掛けたところ、大きなウナギや、スッポンがかかったそうです。
はい、それらもきちんとさばいて、
ウナギは、蒲焼きや?白焼きだったかな?
大きいのに天然ものでしまった身が美味しかったそうです。
それにスッポンは鍋に・・・・。
仲間にいずれも大好評で、それ以来が、
またやろうと、うるさいそうです。
そりゃーねー、座って酒呑んでいると、
美味い肴が出てくるんだからいいですよねー。
ぼくらにもごちそうして欲しいなー。
光藤さん。

そんな料理の腕前の光藤さんの器は、
料理が盛り映えするもの納得できることですね。

                 甘庵

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やきものだから好く焼かないと

粉引だからといって、そう簡単に汚れるものではないありません。
長石釉の貫入を楽しむには、素地が真っ黒になるようでは楽しめません。
安南手のゴスが釉と絡んで流れる様は、素地が黒くなるようでは微妙に滲む色が見えません。

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まして、粉引や刷毛目などの化粧土が、
すぐに縁からぽろぽろ欠けるようでは・・・・。
好きな器でも気遣いばかりで、使いにくくなってしまいます。

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陶器はたしかに、せっ器や磁器にくれべて、
硬度はすくないことは事実です。
それでも、磁土のように重くないので、
少し厚手にしても手持ちが軽く、
また轆轤の技や、作り手の優しさで縁を返すなど、
いくらでも工夫はできます。

晴れの器に比べて褻(け)の器では、
自ずと丈夫さや使い勝手をより要求されますが、
普段使いの褻(け)の器でも、
気品を持ちながら、丈夫にすることこそが作り手の腕のうちです。

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器は使う物です。
使うことが第一で考えたうえで、
そこにどれだけの楽しみや、ゆとりや、美しさやを付加できるかが、
作り手の技であり、心意気だと思います。
そうしてこそ、料理がより美味しく、お茶がより芳しく・・・・。
それが"うつわ作り"仕事で、そんな器を選び橋渡しするのが"うつわ屋"の仕事。


今回お出かけくださったあるお客さまが、
「お料理が苦手なので光藤さん器には助けられるから」と言ってくださいました。
「料理から器に興味を持つという方が多いのに・・・・
逆行して、光藤さんの器から料理に興味を持って・・・」と、
なんともありがたいお言葉です。

好く焼くことは、ただ温度をあげることではありません。
魚によって美味しさを引き出すには、焼き方が違うように、
それぞれの土によって、釉によって焼き方が違うのはあたりまえ、
それでも一口にいえば、"うつわ"はやはり、焼き切ることです。
それでこそ、使うほど味わいのでる"うつわ"になります。
長く使って頂くために、丈夫であり、使いやすく、
また、美しく気品があってこそ、
飽きることなく、可愛がって頂けるはずです。

好く焼くとは、作り手の心構えしだいです。
好い心構えの"うつわ"なら、
使ううちにじわーっと、心にしみてきます。

                    甘庵

テーマ:工芸 - ジャンル:学問・文化・芸術

さかいあつし工房訪問記

ぼくには、久々に完全オフの今日。
でも、雨のお休みになっています。
まぁー良いお湿りなのでいいですね。
で、インドアのオフということで、
HPの修正や、定休日でもいただくメールへ、
お返事できることにはお返事して、
残り少なくなっているブログの容積なので、
NetlaputaBlog さまへ懇願やら質問などのメール作成して、
濃いめのコーヒーを2杯のんだらこんな時間。

さて、好評な定休日のブログなので、
(と、勝手に好評を付けて、売りこんでいます)
今日は先日お約束した、
”さかいあつし”さんの工房訪問の顛末記を!

 ”1/30匙屋のブログ”でもご紹介しましたが、
さかいあつしさんとかよさんに、宴にお招きいただきました。
K駅から徒歩15分ぐらいの静かな住宅街にある工房兼ご自宅。
ちょっとレトロな長屋作りを、
大家さんの好意で、さかいさん流に手を入れられていて、
とても落ち着く心地の良い空間でした。

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着くとそうそうに、手際良いおもてなしで、
取材をしてブログネタにする魂胆を一瞬わすれ、
のどごしの良いビールと、舌鼓を打つ手料理に、
お二人の笑顔・・・・。
おっといけない!
あわてて、持参のロートルデジカメでパチリ。
どの料理も実にやわらかな味わいでした。
中程の藤田佳三さんの絵粉引の鉢の、
エビとブロッコリーの白ワインの炒め物は、
あつしさん自らが席を立って作ってくれました。
ご実家からの送られてきた無農薬の白菜のサラダも、
ちょっと炙ったあぶらげと、ごまと鰹節のドレッシングが絶妙でしたね。
良く味のしみた鶏と大根とにんじんのポトフも、
心まで温たまるごちそうでした。

美味しいごちそうと、楽しい会話で、
そう呑む方ではないぼくも、
ついつい杯は重なっていきました。
それに、何よりお二人の笑顔が、最高の肴でしたね。

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いいでしょー。
よかったですよー。
ああーそうそう、取材でした。
工房の画像もね。

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撮るときに、あつしさんあわててフレームの中から出られてしまいました。
「ぼくが居ると狭さがわかるから・・・」って。
確かに匙が主体なので、
そう大きいと、かえって使いにくい工房になってしまうからですが、
手の届く範囲に整理された道具や材料が整理された、
ちょっとこもりたくなるような、書斎的な空間でした。
これも大家さんの好意で、あつしさんの手作りで、
庭に増築した空間だそうです。

話は弾み広がり、叱咤激励しあい、
たたえあい(ちょっとはいいでしょ)、
12年経つという、出会いの頃の話もでました。
この話は、また次回に譲りましょう。

今年の秋から来年の春に延期された個展の作戦会議などもちらほらと・・・・。
そうね、あつしさん かよさん、また作戦会議しましょうね。
匙屋<さじや>のブログもがんばってね。 http://sajiya.exblog.jp/
美味しい肴とお酒でね。
ごちそうさまでしたー。

  
               甘庵

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