と声を大きく訴えるぼくですから、
陶器への理解を求めるときに、
過保護を訴えると感じてしまう書き物などをみると、
ちょっと抵抗を感じています。
そして、また敵を多く作ってしまう発言をしてしまいます。
使うことで”侘びて行く”様を美しいと感じ、
”寂びた”と喜んだ先人たちは、
決して焼き切っていない甘い焼きの“うつわ”を、
認めてはいなかったと思います。
しっかり焼き切った上で、土味の持つ柔らかさや美しさを、
失わずに焼く陶工の技を認め、その“うつわ”を大切に扱い、珍重しました。
しかし、使うという、基本をはずすことはしません。
丁寧に使うことで、変わる様を、
世紀の単位で考えていました。
それが骨董の世界の目利きなのでしょう。
それはさておき、
今ぼくらが目にする陶器で、
“うつわ”の変わる様を楽しむ代表に、「粉引き」があります。
ただ、一部の茶道具ではないのですから、
日常に使って問題があるような粉引きが多いのに、
いささか疑問を呈します。
じゃんじゃん、使って、自然に顔つきが良くなるのが、
本来の“うつわ”の姿です。
繰り返しますが、粉引きは変化を楽しむために手法の土物ですから、
使う前に、水や湯にくぐらすぐらいの優しさがあれば、
使うことで、極端に汚れれる事はありません。
焼き切った粉引きを選びましょう。
そんな日常使いの粉引きの一例を、
「焼き切った粉引き」で、
粉引きのお話しを「やきもの話ー粉引きー6月8日」でご紹介しています。
ぜひそちらも読んでください。
閑庵


