うつわ屋のつぶやき

うつわ好きの甘庵が、やきもの・吹きガラス・漆器などの、四季折々の身近な和食器を使う楽しさをお伝えします。荻窪銀花で催される企画展の器をご紹介し、使い方から、作り方、作り手のことなど、毎日お伝えします。

雑貨屋ではありません


流行の言葉に寄り添うことや、
ジャンル分けには抵抗したくなるときがあります。
このあたりが、頑固オヤヂたるゆえんなのでしょう。

言葉は進化する物ですから、
案外、若い人が使う新しい言葉には、
抵抗もないのですが・・・。
むしろ、マスメディアの方々のお使いになる言葉や、
後ろに商売が見え隠れするときには、
どうも抵抗してしまいますね。

「癒し」や「こだわりの・・・」あたりには、
本来の意味から違うという気持ちで、
結構抵抗ありましたね。
取材などで、善意から、
「いやされる“うつわ”」とか、
「こだわって運営なさっていらしゃるんですね」などと言われると、
ついつい抵抗してしまう大人げない店主でした。

今は、「雑貨のプロ養成スクール」なるものまである、
雑貨とくくられる範囲に疑問や抵抗があるかな。
雑貨には雑貨のエリアがあると思うんです。
いえ、雑貨が嫌いなのでも、いやでもないんですが、
“うつわ”や食器や工芸が流行というだけで、
雑貨という言葉になびいたり、
くくられたりするのには、うーんちょっと抵抗感が・・・。

ブームの後が怖い。
イナゴが通り過ぎたあとにならないのかなーって。

荻窪銀花には、いきなり「雑貨」が・・・と、
くくられる“うつわ”も作品もあまりないので、
関係はないでしょうけど・・・・、
近い種別の、“うつわ”やカトラリーや布などを、
扱っているわけですから、
世の中をちょっと見渡した時に、
流行というだけで、そう美しくないものや便乗商品が、
世の中に氾濫するのには、
いささか、危惧するところがあります。

弱小企業の店だし、
前近代的な方法で手を抜かない作り手や、
価格の絶対値ではかなわない手仕事の作品ばかりなので・・・、
いまや、工芸屋や、作り手たちは、
国際保護動物並の愛情とご理解が必要なのではないかと、
思うことたびたびです。
工芸に理解ある皆様の、愛の手をさしのべて頂き、
なんとか、消滅しないように・・・絶滅かも?
それでは恐竜かな?
それでも、雑貨屋ではなく“うつわ屋”として、がんばります。

           パンダカンカン ではなく “うつわ屋”閑庵 

物の価格と物の価値

かれこれ20年以上前に、
あるデパートの外商販売員の方が、
デパートでの万引きにお話しをしてくださって、
その膨大な数字にびっくりしたものです。
でも、同じエリア内にあるIデパートは遙かに多いと聞き、
さらにびっくり。

今はどうかわからないのですが、当時のその方のお話では、
何でも、万引きは売り上高に推移する傾向があるとか。
つまり、魅力ある商品構成はそのまま、
悪魔のささやきも大きくなるのかもしれませんね。

さらに、良い品(高額な商品)がなくなるときに、
その価値なりをわかって持って行かれているそうです。
靴などは、履き替えていってしまう方法があって、
良い靴がなくなったあとに、
履き崩した高級な靴が置いて行かれていることが、
良くあったそうです。

うーん、そうなると・・・。
我が荻窪銀花では、
まずその手の被害に遭ったことが、
幸い少ないと思っていたのですが・・・。
それは、そうでもないかも。

つまり、悪魔がささやくほど魅力ある商品構成がなっていない。
加えて、価値は理解しても、使いたいと思わない・・・。

まぁーこれは、極端なお話しなのですがね。
第一、荻窪銀花には悪魔のささやきを聞いてしまうような、
お客さまは来店しませんから。
仮に、お客さまでないその手の方に、
ご来店願っても、触手を動かしたくなることがないのでしょう。
たぶん、荻窪銀花にあるような物を手に入れて、
使って頂いている方なら、
皆さん心豊かで、天使に近いはずからでしょう。
ははは、マジですよ。
加えて、狭い店で、暇で・・・。
当然、お客さまとのマンツーマンの会話をさせて頂くわけで、
その隙もないのでしょうけどね。

ただ、世の中の平均値からすれば、
荻窪銀花を構成しているものは、
価格ではなく、価値をご理解ただけないとならない品揃えなのかもしれませんね。
店主としては、”価値ある物”をセレクトしているつもりなのですが、
ぼくの物差しが、若干世の中とのすれが出て来ているのかもしれませんね。

手仕事の作品の、”物の価格と物の価値”は、
難しい問題を沢山抱えていますが、
価値基準に、心の豊かさが多くなり、
飽きずに、長く使うことで、
心で元が取れるという減価償却方法が成立して、
結果としての、”物の価格”へご理解が頂けたなら、
もう少し、心豊かで真面目な

本物が残るのはむずかしい

「森くみ子さんの藍は本物です」
こういう言い方するのがいやで、妙に突っ張って、
「手を抜かないあたりまえの藍です」
といっていました。
広報活動としては、失格なのはわかっているのですが、
いつまで経っても青いぼくは、
そこらあたりの表現がすべてストレート過ぎて、
意味なく反感を買ったり、
不本意に傷つけたりもしてしまっていました。
反省はしています。なかなか直らないけど。

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でも、本当のところを伝えたいという気持ちだけで一杯でした。
本来当たり前の仕事であって、
それを売りにするのが潔くないと・・・。
でもそれは、森さんのサイドでの問題で、
橋渡しのぼくは、少しは媚びを売ろうが、
微笑み絶やさないようにして、
「NO」ばかりではなく、ちゃんと「YES」も言えないと。
良いとわかっているのだか、
まずは手に取ってもらい使ってもらえば、
必ずファンになってもらってきたのだから、
この際だましてでなんでも・・・。
そのぐらいでないといけないんですよね。
やっぱり反省。

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昨年の銀花での企画展の後に、
森さんの大切な心の支えの方が急に亡くなり、
仕事のパートナーが事情でおやめになり、
なかなかスタッフが育っていかない・・・。
本当に一気に色々がありました。

15回企画展を続けてくださって、
本当に手を抜いていない仕事を、真剣に続けてきたことを、
しっかり見せてもらいました。

すくも(タデ藍を発酵させた藍染めの元です)を、
ふすまと木灰のアクでたています。
それ以外は何も手を加えません。
藍分をスムーズに出すために、
お酒や水飴をいれたり、ハイドロなど使ったりしません。
地道に長く出てくる藍分を、
何度も何度も布をつけて、染めて行きます。

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濃い藍分で一気に染めたものと、
ちょっと見た感じは変わらないのですが、
長く使っていき、何度も水をくぐり、
灰のアクがだんだん抜けて、
藍の色がどんどん澄んできます。
実態感としてぼくも、少し使わせてもらっていますが。
使ってくださっているお客様が、
身につけて来てくださるスカーフや服が、
10年目あたりから、ぐーんと冴えた色合いになってきました。
うーん。
こういうのは、なかなかわかってもらえないですよね。

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ともかく、昨年はいろいろ合って、
現状として、とりあえず、森さんは来年以降の活動を、
見直し、検討し、整理する段階にきています。
良い先を期待したいのですが・・・。
荻窪銀花での確実な予定は今回の企画展までです。
ともかく、藍の色を見てみてください。
皆さんの応援をお願いします。
たくさんの理解者の声は、
きっと森さんを勇気づけます。

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何でもない、本物の仕事に是非ふれてみてください。

          閑庵
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